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我が家の酪農経営の実態

津山市福井 吉原輝夫

一.まえがき

 合理的酪農経営を若き胸にえがいて乳牛の飼育に着手して以来10年の星霜を経ましたが,幾多の非況と苦難に直面し,私の幼き夢もことごとに流れ去らんとする時も数々,農村恐慌を切り抜けんが為の酪農経営も悄々もすれば嵐寸前の灯,静かに今日の酪農危機の根本を見ますと濃厚飼料は依然として高値を示し,それに反して原料乳の値下,その上外国からの乳製品の輸入等により,今や酪農界は悪条件の集積であります。この一大酪農危機を背負ってたつ我々酪農家は如何にしてこれを乗り切るべきでしょうか。
 この農村恐慌渦巻く怒濤の中,昭和27年に別家しました私は二児の親として,家族構成親子4名で,水田3反,畑3反5畝を耕作し,搾乳牛1頭,仔牛2頭を飼養しています。この私が経営する最も小規模な,いわば三反百姓によって合理的酪農経営が成立するか,否か,私はここで酪農への岐路に立ったのであります。しかし過去の体験を生かして,あらたな第一歩を強く踏み出し,ここにおいて限られた面積の飼料圃の高度利用,合理的経営によって牛乳の生産コストを最低限に実現出来得るならば,いかに三反百姓とは言え酪農経営の安全性はもとより,生活文化の向上も敢えてむずかしいものではないと信じ得たのであります。
 ここに我が家の酪農経営の実態と題して発表し,酪農家諸兄の御批判を仰ぐものであります。

二.1ヵ年の飼養概算

 昭和22年11月21日生れのホルスタイン種系の1ヵ年の飼養概算を示しますと次のとおりであります。私が飼育しているこの乳牛は25年12月15日初産としてオス牛を分娩,27年5月8日次産としてメス,28年8月20日三産としてオス,29年9月15日四産としてオスをそれぞれ分娩しました。
 まず28年8月23日から29年9月15日までの約1ヵ年間の我が家の実態を示します。

1.支出の部

 1ヵ年間の支出を項目別に現しますと次のとおりであります。この場合の成牛の減価償却費は28年8月14万円で購入したものが6年間飼育した後,5万円で売却できたものとして算出しました。

成牛の減価償却費  14,300円
畜舎   〃 5,000
酪農器具 〃 500
衛生費(結核検査,夏季衛生費) 700
諸税酪農賦課金,その他 5,020
人工授精料 1,500
労賃(1日=8時間労働日当=50円として) 21,600
敷藁(ホクド150束・芝草) 4,000
共済掛金 5,600
資本利子 13,200
光熱費 1,500
雑費 3,100
76,020
2.自給飼料

 1ヵ年間に栽培生産し,乳牛に供与した自給飼料は「第1表」,月別栽培表は「第2表」のとおりであります。

(第1表)自給飼料給与量

品   名 数   量 単   価 金   額 可消化蛋白質 澱 粉 価
 
裸麦 170 22,000 14,200 114,680
250 15 3,750 1,500 50,000
甘藷 150 25 3,750 550 37,500
甘藷蔓 300 2 600 1,500 15,000
デントコーン 500 3 1,500 2,000 55,000
大豆葉 150 1 150 3,000 15,000
野菜クズ 450 2 800 4,500 27,000
エンシレージ 700 4 2,800 10,000 110,000
レンゲ 400 2 800 8,000 32,000
カブ 120 3 360 2,200 4,400
野草 600 6,000 36,000
3,790 36,510 53,450 496,580

(第2表)自給飼料栽培表

(第3表)購入飼料

品  名 数       量 金   額 可消化蛋白質 澱 粉 価
大豆粉 10俵 100貫 17,100円 39,000匁 70,000匁
25 200 20,000 22,000 94,000
ヤシ粕 3 48 4,500 7,680 33,120
麦糠 50 200 12,125 14,000 80,000
アマニ粕 5 50 8,400 15,000 37,500
598 62,125 97,680 314,620
自給飼料 3,790 36,510 53,450 496,580
合   計 4,388 98,635 151,130 811,300
3.購入飼料

 濃厚飼料として,大豆粕100貫,麩200貫,ヤシ粕48貫,麦糠200貫,アマニ粕50貫を6万2,125円で購入しましたが,その内訳は(第3表)のとおりです。

4.乳牛1ヵ年の飼料必要量

 乳牛1ヵ年の飼料必要量は,体重130貫で,乳量年間3,235升,脂肪率4%,軽労役15日間で次のとおりになりました。
 私が1ヵ年に自給飼料と購入飼料を与えました量と上の1ヵ年の乳牛必要量とを差引しますと,可消化蛋白32,410匁,澱粉価13,850匁が過剰となっていました。この過剰可消化蛋白を大豆粕に置きかえて計算したところ約93貫,金額にして1万5,803円となりましたが,これは基準より1割程度の過剰で,この程度は必要であると考えます。

  可消化蛋白質 澱 粉 価
維持飼料 24,480匁 234,200匁
牛乳生産飼料 83,410 420,450
妊娠に要する飼料 10,260 101,700
労働飼料 570 41,000
118,720 797,350
5.収入の部

 収入として堆肥は貫7円,尿は貫5円,牛乳代1升平均58円38銭,使役1日400円で計算した結果,次のとおりの総収入がありました。
 上の総収入22万2,359円から総支出17万4,835円を差引きますと,1ヵ年の純利益として4万7,704円を得ました。自給飼料及び購入飼料合計から見た1升当り生産費は30円50銭,購入飼料から見た1升当り生産費は19円51銭,総支出から見た1升当り生産費は52円62銭であります。
 年間牛乳代と飼料費との割合をみますと,自給飼料19.33%,購入飼料32.89%,計52.22%であります。

仔 牛(オ ス) 2,500円
牛乳代 3,235升 188,859
堆肥 2,500貫 17,500
尿 1,500貫 7,500
使役 15日間 6,000
  222,359

三.移植大豆について

 以前デントコーンと黒目千石(大豆)を混播していたのですが,これによると別区栽培の場合より約1.5割減収し,何か改善方法はないものかと考え,普通大豆の移植栽培に着眼して,27年からこれを実施しました。移植大豆と普通栽培との比較は第5表のとおりであります。

(第4表)月別乳量及び平均脂肪率

(第5表)移植,直播栽培比較表

区   分 播 種 期 株   間 畦   巾 収   量 労   力
移  植 5月上旬  2.5尺  3尺  221升  8人
直  播 6月中旬 1.5 2 91 5

 次に移植栽培の特徴を申しますと

一.移植栽培は普通大豆に比べて約40日早く播種するため,生育期間が長く,生育が非常に早い。
二.移植栽培によって,茎,葉柄及び葉が大きく,節間を短かくし,普通栽培では一節に5−6の花がつくものが,移植栽培では1節に20−25の花が咲き,結実してサヤ数が多くなる。
三.移植することにより1株のしめる面積が広くなり,従って日射と風通しがよくなり健全に育つ。
四.移植栽培は普通栽培に比べて収穫期間が早くなる。

 以上の特徴を更に利用し8月−9月に枝豆として市場に販売し,その副産物を飼料とします。この場合黒目千石を栽培しますと同量の副産物を得ることができます。
 又枝豆として販売することによって大豆を販売するよりは遥に純益は上り,経営上有利となります。
 如何に酪農恐慌の嵐が吹きましょうと,朝露を踏んでゆうゆうと河原に草を喰む乳牛を眺める時,若き希望にもえる私の血潮は脈々として流れ溢れるものがあり,乳と蜜の流るる里,私達の理想郷建設へひたすら精進するものであります。