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一昨年暮から昨年春にかけての夢の様な酪農景気も一瞬にして崩れ去り,一獲千金を夢みて多額の金を借金して,いたずらに高価な牛を購入し危げな経営を始めた人達は1人去り2人去り脱落して行きつつある現在に立って考える時,ほんとうの酪農はこれからだ,デフレ経済を農村から押返すのは酪農の他にないと固く信んずるものであります。なぜならば和牛にしてしかり,養鶏にしてしかり,果物又藺草,その他農作物の如く赤字になやめる今日,1人酪農のみは,飼料が高い,乳価が安いと申しましてもまだまだ考え様に依っては充分採算が取れているのであります。それはどうしたらよいか,申すまでもなく皆さんよく御承知の如く飼料問題の解決であり堆厩肥の活用であります。それでは私は今日の不況を乗り切るために如何なる対策を講じているかと言う事について申上げてみようと思います。がその前に私の牛の昨年の採算を申上げて検討し,それから飼料問題に入りたいと思います。
28年10月から29年9月までの間の私の牛(ホ種五産目)の採算についてみますと,支出の部において飼料費の占める割合は56.6%で,その内自給飼料は21.6%であり購入飼料は35%です。その他,牛の原価償却,畜舎,サイロの原価償却,器具購入費,光熱,敷藁,労賃,保険料,諸税負担金,種付料,衛生費等が43.4%でありますので飼料費の占める割合が非常に多くなって居ります。特に購入飼料費が全支出の3分の1強になって居ますのでこの問題について検討し対策を講じ様と考えたわけです。又年間乳代から見た場合は,飼料費の割合が54.9%で自給は20.3%,購入は34.6%となって居ります。そこで牛乳1升の生産費はと言いますと,支出総額では53円48銭となり飼料費のみでは30円33銭購入飼料のみでは18円88銭となります。結果的には昨年は稍々黒字となって居ますが今年は乳価が1升40円でありますので昨年の様な黒字は到底望むことは出来ません。加うるに飼料は2,3割方高く特に大麦,糠の如きは5割高ですから昨年の様な事をしていたら飛んでもない事になります。ここで勢い自給飼料問題がもち上って来ます。しかし自給飼料と言えばすぐ青刈飼料を思い浮かべますが,これだけでは到底充分な結果は得られません。そこで最低どれくらいの濃厚飼料を準備しなければならないか,又これを自給のみで補うにはどんなものをどれだけ必要とするかと考え調査しました。
その結果は「第1表」の通りであります。
(第1表)成牛年間濃厚飼料必要量
全 部 購 入 の 場 合 | 全 部 自 給 の 場 合 | ||||
麩 | 280 | 26,380円 | 小麦 | 9俵 | 18,000円 |
大麦糠 | 300 | 21,000 | 大麦 | 9 | 12,600 |
大豆粕 | 70 | 13,300 | サツマイモ | 360人 | 7,200 |
コロイカル | 8 | 1,600 | 大豆 | 2.5俵 | 10,000 |
小米 | 4 | 4,800 | |||
コロイカル | 8貫 | 1,600 | |||
計 | 62,280 | 計 | 54,200 |
第1表の数量は30石程度搾乳しようと思えばどうしても必要です。自給の場合,小麦とサツマイモ,大豆と小米などをうまく組合すと,より多く搾乳出来ます。この他に1日10貫程度の青刈飼料を必要とします。
濃厚飼料はこれだけで大体よろしいがこの他に粗飼料即ち青刈飼料を維持飼料として補なわなくてはなりません。ではどれぐらい必要かと申しますと与える種類に依って一口には申せませんがおよそ130〜140貫の牛で蛋白,68匁,澱粉価650匁ですから大体1日8貫乃至10貫程度はぜひ必要です。このようにして飼料代を安くする事は勿論,牛の健康上,非常に好結果をもたらす事は明らかであります。
(第2表)年間青刈飼料作付計画(1頭当り)
では年間たえ間なく与えるには,どれだけのものを,何時生産したらよいかと申しますと,「第2表」のように計画を立て,年間を通じて青刈飼料を給与しています。こうした場合の採算について現在の私の牛の1日当採算を申上げて参考に供したいと思います。
「第3表」のように現在1日の採算は飼料費が乳代の48.9%でその内購入が30.4%,自給が18.5%であります。又1升当りでは飼料費19円50銭購入飼料費が12円ですから昨年のそれと比較すればかなりの効果が出ています。給与量からみますと自給飼料の占める割合は非常に高いのですが本年は乳価が安く,飼料の単価が高いため金額から見た場合の%はあまり低下して居ません。しかしこれを昨年並に購入のみに依存している他の人に例を取って見ますと飼料費は6,70%であり購入のみでも50%をゆうにこえている現状ですから,如何に有利であるかがおわかりになると思います。この牛はまだ相当な能力を持っていますが病気をしたのでこれ以上無理をすると牛の為にも悪く,又実際の採算上に於いても,これ以上は濃厚飼料のみに頼るので採算割れがしますからこれぐらいでとどめています。尚こうするためには飼料畑最低1反は必要であります。だがこれだけでは不足勝なので水田裏作をうまく利用しなければなりません。水田を転作して飼料畑とする事はなかなかむつかしい事です。農民は水田に稲以外のものを作る事は長年のしきたりで余程の決心を必要とします。又実際問題としてもまだまだ稲を作った方が採算の取れる場合が多いのであります。そこで私は飼料圃に稲を加えた場合の研究を試みました。
その方法は「第4表」の如く第1年目は紫雲英を5月中旬迄に刈取り,保折の早植(農林1号)を行い,8月中に収穫し,その後へカブラを作り,その次に青刈デントコーンを蒔き一般の田植を終ってから収穫し稲を植付ける。そして2年目は青刈エン麦を取り3月頃畦間に馬鈴薯を播種して7月に収穫後田植を行い紫雲英を播種して3年目で元へ返る方法です。ここで問題は夏期の青刈飼料ですが,私の地方は畦畔,山野に比較的良好な野草が自生するので之を利用すると共に夏期はデントコーン,青刈大豆等生育が早くしかも収量が多いのであります。多くの土地を必要とせず2,3回播種する事に依って畑のみにて充分事足ります。又普通の家では馬鈴薯を収穫した後大根を蒔くまで適当なものがないと言って雑草を生じて居ますが私はこの跡へすぐデントコーンを播種し,8月下旬迄に刈取り,その後へ大根を蒔いて好結果を上げています。以上の様に夏期の穴うめはどんなにでもでき飼料圃には稲を持って行きます。
(第3表)現在1日当採算表(出乳量1斗2升)
数 量 | 貫 | タ ン 白 | デンプン | 金 額 | % |
種 類 | |||||
購入配合 | 600匁 | 102匁 | 360匁 | 78円 | |
大麦糠 | 500 | 55 | 235 | 45 | |
豆腐粕 | 1貫500 | 53 | 210 | 23 | |
購入計 | 2貫100 | 210 | 1,009 | 146 | 30.4 |
大麦 | 300 | 24 | 204 | 30 | |
レンゲ エンシレージ |
5貫 | 75 | 550 | 15 | |
カブラ | 3 | 6 | 120 | 9 | |
甘藷 | 1 | 4 | 250 | 20 | |
ワラ | 1 | 10 | 200 | 15 | |
自給計 | 1貫300 | 119 | 1,120 | 89 | 18.5 |
維持 | 140貫(体重) | 68 | 650 | ||
生産 | 1斗2升 | 264 | 1,320 | 480 | (乳代) |
計 | 336 | 1,970 | |||
給与計 | 329 | 2,129 | 235 | 48.9 | |
差引 | -7 | 159 | 245 | ||
1升飼料費 | 19.5 | ||||
購入飼料費 | 12 |
(第4表)水田三毛作について
次に私の経営内容を申上げますと@水田1町6反,内二毛作田9反,一毛作田7反,裏作9反,内麦4反5畝,紫雲英3反5畝,飼料圃1反。A畑2反5畝,内葡萄5畝,桃梨5畝,普通畑1反5畝,飼料圃として果樹下作及び普通畑で1反5畝であります。B家畜は乳牛3頭(内仔牛1)和牛2頭(内仔牛1)鶏20羽。C其の他,栗5畝(山野畦畔),椎茸,養鯉,竹林5畝,孟宗竹3畝。D労力,3.5人,以上の通りかなり多角経営です。なぜ多角経営が有利かと申しますと今日の異常な高水準に達した生活程度をささえるには収入の増加は勿論の事,端境期をなくする事は目下の急務です。そこで私は種々多角化を図り収入の均分化をはかりました。その結果はどうなっているかと申しますと「第5表」の通りであります。普通農家で最も困る夏期の収入がうまく入る様になり経営が合理化されています。
養鶏は日常農家で最も不自由な小使銭を得るために,又鶏糞を果樹その他に利用するために行っています。果樹は農家ではなかなか買って食べられませんが,新鮮な果物を自給し,明るい豊かな生活を築くために,そしてその間作として,クローバーその他青刈飼料を作り牛に還元してやり,堆厩肥を無尽蔵に生産してもらうと言う仕組です。その他山野,畦畔に栗を接木し,その下へ,クローバー類を作るとか,湿田に堆厩肥を増施するため発生する「ゆりみみず」を餌としてあひる,鯉を飼育して一石二鳥の効果を上げるとか,考え様に依ってはいくらでも面白い経営は出来るのであります。このように持ちつ,持たれつした経営こそ,酪農も成功し乳価安の飼料高も微動だにする事なく堅実な酪農家となり得るのであります。
(第5表)我が家の収入状態について
果樹は密植としないで牛耕に差つかえない様にしています。兵庫県の酪農講習所へ見学に行きました処果樹と飼料作物の組合せ方法を取って居られましたが,私の方法が間違っていなかった事をつくづく考えさせられ心強く感じました。私の経験から品種は桃は大久保,梨は新世紀,葡萄はキャンベルが最も手ごろかと思われます。ふんだんに生産される堆厩肥を最も有効に利用し,米麦の増産は勿論,肥料代の逓減をはかる等酪農を中心としてこそ農家経営は合理化され農村からデフレを押返す事が出来るのであります。皆さん今が一番苦しい時です。この時こそ一致団結して歯をくいしばって頑張り,乳と蜜の流れる理想郷の実現に邁進しようではありませんか。