ホーム岡山畜産便り > 復刻版 岡山畜産便り昭和30年4月号 > ニュージーランドの印象(三)

ニュージーランドの印象(三)

藏知技師

 二.ダーゼリー氏の農場

 この農場もプケコへの近くのプニと言う処にある農場であり,総面積110エーカーで,乳牛40頭,緬羊400頭を飼育している。この農場も以前はジャージー種の登録牛のみを飼っていたそうであるが,現在は雑種だけであるが然しその内に全部を登録牛にすると張り切っていた。この農場では過去に於て278日の検定で5.4%の脂肪率で320ポンドの脂肪を生産した牛もあった由で将来は是非この様な牛を造り出してみたいと語っていた。

 三.ハウケン氏の農場

 この農場はワンガレー市の郊外にあり総面積103エーカーでこれを11の牧区に分けている。この農場はジャージー種の登録牧場で125頭のジャージー種と60頭の緬羊を飼育している。主人は40年の経験者で優秀なものが揃っており,この地区の共進会でV・H・Cの最優秀の成績をとったものも居たが,実に大したものでニュージーランドに来て初めて見る真のジャージーの型で大変参考になったのである。全般的に体型もよく揃っており,資質もよく,特に乳器の発育はスバラシイもので,ジャージー種をもう一度見なおした次第である。栄養等申分なく,この様な牛を県の基礎牛に持って帰ればジャージー種に対する一般の認識も深まるのではないかと思われた次第である。
 この農場に来て初めてサイロを見た。コンクリート造りの立派なものである。詰込材料は場内の草でライグラスとクローバーの混ったもので11月(日本の5月)に詰め込むのである。牧場の境界には大きな樅の木があり,相当密植してあるので横に張った枝は互に交差して生垣になっている。
 この農場は相当石が多く放牧場の到る処に岩山がある。これ等の石をよく整理して巾3尺の高さ5−6尺位な石垣を造っている。従って木柵は殆んどないが放牧をする時には電気木柵を使って小さく区切って放牧をするそうである。
 この牧場で面白いと思ったことは各牧区への給水装置であって,場内の一番高い岩山の上に大きな水槽が造ってあり,ここから他の低い処にある牧区へ給水をしているのであるが,水源は低い処に井戸を堀り,ポンプをつけて,揚水には風車を利用して,自動的に揚水が出来るようになっている。風車が廻るにつれてポンプがゴットンゴットンと動いてチョロチョロと水が流れ出す光景はなかなか面白いものである。各牧区の水槽にはブイを利用した自動調節機があり,牛が飲んだだけ自動的に水が出る様にしてあるのは,前に見た農場と同じである。
 この農場も牛舎は全然無く,住宅と,搾乳小屋,乾草庫兼農機具庫兼育成牛舎の30坪位な高建の倉庫があり,奥の方には乾草が入れてあり,入口の方には農機具が置いてあり,今年の春生れた仔牛が10頭位入っている。よく揃ったバンビーの様に可愛らしい仔牛が遊んでいる。吾々が近づいて行くと一斉に頭を揃えて集って来る。こんなのを基礎牛として購買したらいいのになあと思った次第である。一寸離れた処に豚小屋があり赤褐色の大型のものが仔豚を約10頭位連れて遊んでいる。ターマアスとバークシャー種を交配したものである由である。豚も放牧が主体であるが脱脂乳を相当給与している。特に原料乳でクリームを出荷している処では脱脂乳は豚の重要な飼料となっている様である。


ハウケン氏の登録ジャージー牛群


ハウケン氏牧場の風車揚水

 四.グラハム・フィンレイゾール氏の農場

 この農場は市乳専門の牧場であって180エーカーの牧場に140頭の搾乳牛を飼育していて,この牛から1日440ガロン(約11石)の乳を生産している。牛はジャージー種とホルスタイン種とが約半々位である。搾乳は1日2回であって,朝は4時半,午後は3時半に搾るのである。搾乳場には12頭搾りの自動搾乳機がある。搾乳時間になると牧夫が1人で犬を連れて牛を集めに行く。搾乳も3人で行っており,濃厚飼料は1回に1ポンドの麩を給与している。搾乳時間は140頭で約1時間半位で行える由である。

 五.C・W・ベル氏の農場

 この農場もワンガレーの郊外で市乳を専門にしている牧場であって250エーカーの牧場に94頭の搾乳牛を飼っている。ホルスタイン種が6分にジャージー種が4分の割合に飼育されている。1日の生産は350ガロンであり,搾乳は2回である。この農場には珍らしく野菜畑があり,キャベツが作ってあった。吹上式エンシレージカッターがあったが野積のエンシレージを作って使用するそうである。市乳は工場から30−40マイル位の処から集乳されていて,毎日搾乳時間が一定しているので,市乳工場よりトラックで集乳に来るそうである。集乳は1日1回で朝来るそうである。
 市乳は乳脂肪率が3.5%が必要であるのでジャージーの乳を混じて使用している。2週間に1回検査官が来て牛を検査するそうである。
 犢の育成は2ヵ月迄全乳を使用し後2週間は脱脂乳を混ぜ,その後は脱脂乳のみで飼養している様である。(育成については別記する)
 草地は1エーカー当り,ペレニアルライグラス15ポンド,ホワイトクローバー5ポンドを混播している。

 六.ヘンダーソン氏の農場

 この農場は700エーカーの緬羊飼育専門の大農家である。ロムニーマーシュ種の牝3,000頭とサウスダウン種の牝80頭を飼育して居り,別に種牝生産用としてサウスダウン種の牝を80頭飼育している。又別にロムニーマーシュ種とサフォーク種との交配試験のため,サフォーク種を多数飼育している。
 剪毛は晩春から夏にかけて年1回電気バリカンを使用して行い,剪毛後2週間目に薬浴を行う。
 種付は3月1日より4−5ヵ月混牧して行う。(日本の9月1日より混牧を開始する)管理者は700頭に1人の割合で付けており,又700頭に10のパドックを使っている。
 草地はペレニアルライグラスとホワイトクローバーの混播であって,緬羊は草丈2寸以下で放牧される。冬季にはスエーデン蕪菁,夏季にはレープを栽培して給与するそうである。仔緬羊を乳母緬羊につける時には小屋に入れるがその他は全部年中放牧である。

四.家畜市場について

 大きな都市には大抵家畜市場があり,週1回又は2回位家畜の取引が行われる。多くの場合は1群幾らで取引される様であるが時には個別の取引も行われる。然し個別の取引は大部分は各農家で行われるのであって,市場に入った場合は柵内に10−20頭位入れて,1群いくらで取引されるのである。農家は市場の開催される日には遠くから家畜の大群を追って市場へ出て来るわけである。緬羊なら200−300頭の大群を1−2人の人が馬に乗って犬を連れてこれを追って行くのである。肉牛もこの様にして放牧場から直接市場へ追って行く。丁度アメリカの西部劇等でよく見る家畜を市場へ追って行く光景をさながらに,家畜の大群が道路一杯に拡がって歩いて行く様は全く壮観である。バス等で長途の旅行をするとよくこの大群に出会うが,自動車が来ても自動車の方でちゃんと止って道を開けてくれるのを待っている。すると家畜を追っている人が犬に命令すると犬があちらこちらと走り廻って家畜を道路の一方に追いやり,自動車道を開けてくれる。自動車に乗っている人々もこの風景を眺めながら笑って待っている。日本の様に決して警笛を鳴らしたりはしない。これが日本であったらブーブーガーガー警笛を鳴らして家畜を追い散らしたり,驚ろかしたりして大変なことになると思うが,家畜に対しても到って親切であるので,誰も警笛を鳴らさないでじっと待っているのには感心した。こんな処に畜産国としての一面が表われていて面白いと思った次第である。
 家畜市場には家畜の大群を収容出来る柵がしてあり,牛の場合と緬羊の場合で柵の大きさも異るが,牛の場合は大体高さ6尺位で2間4角から2間に5間位な大きさの柵が多く,緬羊の場合は高さ3尺位の金網で広さは100頭単位のが多い様である。この柵の中に家畜を追い込むわけである。販売はいずれもせりであって,買手もせり手もこの柵の上に登って上から家畜を眺め乍らせりをやって行くのである。家畜の取引の場合に限ってギニーを単位にしている様である。せり方は日本のせりと同じ様にどんどんせって行って最高迄来て後せり手が無くなれば落すわけで,進行は割合に早い。
 ワンガレーの郊外の肉牛市場では週1回市場が開催され,1回に300−500頭位の取引があり,小型のもので27ポンド,大型のもので50ポンド位の相場である。大体4才で生体量900ポンド(108貫)位のものが50ポンド位(5万円)で取引されているようである。
 ハミルトンの家畜市場では毎週火曜日には屠殺用の家畜の取引が行われ,木曜日には繁殖用と肥育用の素になる家畜の取引が行われる。肥育用のアンガスとヘレフォードを交配した犢牛で約10ヵ月−12ヵ月のもので大体11ポンド位の価格である。肥育用のロムニーの牝にサウスダウンの牡を交配した素緬羊は10−12ヵ月のもので約3ポンド,繁殖用のロムニーの牝で10−12ヵ月もので約3ポンドから3ポンド5シリング,妊娠又はロムニーの成牝で約4ポンドから4ポンド5シリング(4,250円)位で取引されている。
 1日の取引頭数は,牛が約3,000頭,緬羊が2万頭位である。7月から8月にかけては肥育用,繁殖用の緬羊の取引シーズンである。肥育緬羊は11月から1月にかけて体重36ポンド位になったものが屠殺され,この頃になると毎日1万頭位は屠殺されて冷凍される由である。市場の使用料は緬羊1頭4ペンス(16円),牛1頭1シリング(50円)で市場会社より,ローン商会の様な大会社が借り受けて取引を行うのである。手数料は売手から4%を徴集することになっている。
 多くの家畜市場には鉄道の引込線があり,取引された家畜は鉄道で輸送されるか,トラックで輸送される。又市場によっては駅の附近に作ってあるのもあり,甚しいのは市場のための駅もある様である。
 鉄道は家畜の輸送が主であると言っても差支えない。大抵の貨車が家畜の輸送用に造ってあり,2階になった緬羊,豚の輸送の専用車が沢山見られる。昼間走っている汽車は殆んどこの家畜輸送車であって客車は見られない。トラックも中家畜輸送車は2段になっていて1台で150頭位は楽に輸送出来る様になっている。牛の場合は小型で10頭,大型で20頭位は輸送出来る様である。トラックの方はそれぞれ専門のトラックがあって家畜の輸送は専らこの業者が行っている様である。
 共進会場にも必ずせり場があり,肉牛や肉豚,肉緬羊のせりが行われる。共進会の出品家畜は最終日にせりが行われるわけであるが,肉牛は薬品で臀部に大きく番号を入れて1頭宛せって行くのである。肉豚や肉緬羊は出品小屋の中央にせり場があり,そこで1頭宛せりが行われる。


ワンガレーの肉牛市場

五.市乳処理工場

 大きな町には殆んど市営の牛乳処理所があり,市乳とクリームとアイスクリーム用の乳を取扱っている。それぞれの工場に属した搾乳の農場があり,20−30マイルの範囲から集乳している。牛乳ビンは1パイント(約3合)のものと2分の1パイントのものと2通りあり,大部分は1パイント入りの大ビンを使っている。
 集乳は工場のトラックで行い,大体専属農場の搾乳時間が一定しているので,各農場を廻って集乳するのである。各農家は皆冷風式冷蔵庫を持っていて,クーラーを通って冷却された乳をすぐこの冷蔵庫で保存しているので,乳のいたみは少い様である。
 トラックで集められた牛乳は工場に入ると先ず受乳所で計量をされ,酸度検定(アルコール検査)を受けて受乳タンクに入れられる。脂肪検査は10日目毎に行う。塵埃検査は時々行われる。これに使われる検査器はパーマストンノースのカーライル製作所で作られたもので特許をもっている。この器械は厚い紙の中に直径2p位の穴をあけそこに綿が入れてあり,この綿の中に牛乳を通し,附着した塵埃を見て検査をする。
 受乳タンクに入ってからの牛乳は殺菌−冷却−ビン詰迄全部流れ作業であって,日本の工場と大差は無い。唯異るのはキャップが紙でなく,アルミニウムのうすいものを使っている。アルミニウムのテープが打ち抜かれ,日附が入って蓋が出来る様になっている。クリームには赤い色がつけてあり,一見して判る様になっている。
 配達は工場のトラックで行い,町の配給所迄運搬し,各家庭への配達は行わない。各家庭では毎日配給所迄牛乳を取りに行くので配達料がいらないわけである。日本でもこの様にしたらビンも無くならないし,配達料もいらないのでもっと牛乳が安価に飲める筈である。驚いたことに大部分の処理工場が30石−50石と処理しているのに人員は大抵8−9人で然も1週間40時間労働制度であるので実際に働いているのは6−7人であり,この人数で集乳から配達迄やっているのであるから,処理費が安くてすむわけである。この点は日本ももっと考えなければならないと思う。