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ニュージーランドの印象(五)

藏知技師

 先月はハミルトンの共進会について少しばかり書いてみたが,何かもう少し書くことが残っているように思われるので,考え出して補足してみることにする。
 共進会場は全くすばらしいと言う外はない。中国連合共進会は相当大きなもので出品も相当あるが,会場が仮設であるので,金をかけているわりにお粗末であるが,ニュージーランドではどの会場も毎年同じ処で共進会が行われるので恒久施設であるから羨ましい限りである。本県の場合を考えてみても毎年会場は代っている。高梁の様な大きな市場を持った処であれば会場の費用は大して掛らないが,その他の町では会場を作るだけで毎年莫大な費用を掛けているわけである。この費用のために会場を引受けたくともよう引受けない町もあるし,又逆に中には家畜市場を修理したり,拡張したりすることを目的に共進会を引受ける町も出来る様な有様であるから思いやられる。もう少し研究して適当な地に2-3ヵ所位恒久施設をして巡回開催にしてはどうか知らん。そうすれば毎年共進会開催のために何百万円もの金を使わないで済むわけである。


パーマストンノースの共進会場

 どうも,とんだ方向に走ってしまったが,要するに会場については将来一考を要する様に思うのである。
 次は出品家畜について書いてみたい。出品家畜は前号で紹介した通り多種多様であり、出品頭数も多いので,見物する方でも非常に参考になった様に思う。それと登録牧場の有名牛は殆んど出品されていたので,走り廻って見物しなくても,共進会場へ行けば,大半は見られるので,時間的に余裕の無い吾々にとっては有難い共進会であった。各牧場とも共進会シーズンに入ると出品のために相当の準備をする様であって,そんな処へ見物にでも行こうものなら厄介扱いされる位なもので,ろくに見物も出来ないらしいので牧場廻りは遠慮したが,共進会場ではゆっくり見せて貰えて幸いであった。
 先ず牛について見ると,ジャージー種はさすがにこの国の乳牛の主力をなす品種であるだけに相当の逸物が揃っている。特に乳房の形の良いこと,前乳房のよく発達していることには感心した次第である。一等賞に入賞ラブロック氏のグレンモアジプシーガール号(1947年8月10日生)等は全く申分の無い様な立派な牛であった。一般にこの国のジャージー種では尻の下るのを極度に嫌い,むしろやや上の方に向く位な傾向のものが多い様で、この牛なんかもやや尻が高い様で,肋の位置も高く,尻長,肋幅等も申分の無い外,体長もあり,幅,深さ等もあり実に美点の多い牛である。特に質の良い牛で,皮膚も柔軟でゆとりがあり,顔なんかも実にジャージーの典型的なものであった。半歳を経過今日でも尚眼に浮かぶ程印象の深い牛であった。この牛は5才で305日の検定で乳脂611ポンドを生産している優秀牛である。
 ホルスタイン種は頭数も少く,この国では市乳地帯に飼育されているのみであるので改良の点大分遅れている様である。どちらかと言えば次第にジャージー種に圧されているよ様である。従って出品された牛も大したものはなく,ホルスタイン種に関する限りでは,アメリカのものを入れて改良した日本のホルスタイン種の方が遥かに優秀であると思った次第である。
 一等賞に入った牛でも皮膚は厚く,首は短かく,肩が厚く,胴づまりで乳房に故障があり,やや垂れ乳でどう見てもいいものとは思えなかった。こんな牛なら本県の中にも沢山居るし,本県の共進会に一等賞をとる位な牛ならもっと優位に来るだろうと思って見て来たのである。<BR>
 次はエアシャー種であるがこれも全体的に頭数は少い品種であるが,牛そのものはなかなか優秀なものが多かった様である。日本では既に過去の牛として取扱われ,内地では殆ど見ることは出来ないような品種であるが,純粋種の優秀なものを見ることが出来,この品種に対する考えを代えなければならない様に思った次第である。
 一等賞に入賞した牛等は実に立派であり,体型も大きく,幅,深さ,伸び等も良く,特に中躯が実によく発達しており,脊線もきれいであった。顔もよく,エアシャー独特の大角で実に美しいものである。この牛も乳器が良く,乳房の発達もよく,前張りのよい美しい乳房をしていたのには驚いた次第である。綜合的に難点の少い牛であった様に思う。
 この他デーリーショートホーンが出品されていたが,この牛も味のある牛であると思った次第である。日本に入っているのはビーフタイプのショートホーンでやや胴の短いものが多い様に思っていたが,この共進会には両方の型の牛が,肉用種と乳用種の両方の型を比較して見ることが出来たのは幸いであったと思う。


出品肉牛のせり市

 肉牛はヘレフォード種とアバーデインアンガス種とショートホーン種であったが,いずれも大型で肉付も良く,立派なものであったと思う。和牛の肉牛ばかり見ていた者にはとても大型に見えたが,肉付は良く,脂肪も相当に入っていた様である。所謂肉牛型で何れも長方形の脚の短かいもので,これ等の牛が大部分は放牧地で作られ,共進会前に軽く肥育をする程度で良いそうであるから,日本の濃厚飼料で1年も2年もやる様な肥育の方法は再検討を要するのではないかと思われる。濃厚飼料の少い日本で,一部の都会人を目的にした贅沢な牛肉を作るより,大衆向きの安い牛肉を生産して早く廻転させることが必要なのではないだろうか。一般では牛肉は高くて手がでないと言われている。牛肉の消費を高めるためには安く生産して,安く供給しなければ普及しないのである。この点はもっと研究したいものである。
 ニュージーランドでは肉は主食である。従って牛肉でも,羊肉でも,豚肉でも殆ど全部が草で飼育して,安い肉を供給しているのである。肉が主食になった原因は種々あると思うが,草で飼って肉が安いから自然に主食の形に持って来られたのであるし,又反対に主食であるから安く生産することに努めているのでもある。丁度日本人が米が主食であるから、その生産に全力を傾注するのと同じ理屈であるかも知れない。何にしても肉が安く,沢山食えることは有難いことである。日本人ももっと肉食をやって畜産を発達させる様にしてほしいものである。
 次は緬羊であるが,これで又驚いたのは出品の殆ど大部分がロムニーマーシュ種とサウスダウン種であって,後の品種はお附き合い位しか出品されていないことである。日本では殆どコリデール種であるが,本場のニュージーランドでも北島にはコリデール種は少く,殆どロムニー種であるので,従って出品も毛用種のロムニーと肉洋種のサウスダウンが多いわけである。


仔緬羊の出品

 出品羊で感心したのは体格が大きく胴伸びがよく肉付も良く,全放牧であるので毛の汚れが無く,夾雑物が無く,羊毛の色が白いことである。手入れもよくしてあったが,化粧刈りが殆ど見られなかったのには感心した次第である。大体体格もよく揃い,甲乙の差が少く,審査にも骨がおれることであろうと心配してあげたのであるが,沢山な出品を,割合簡単に審査して行っているのでさすがに本場だけあると感心して眺めて来た次第である。
 次は入場料のことについて書いてみたい。1日の入場料が125円であることは先号に書いておいたが,3日なり4日なりの共進会の会期中毎日入場料をとるのであるからこの収入も莫大なものになるわけである。途中で用事が出来て外出する時にはチャント外出券をくれてそれで出入りは自由である。外出券で思い出したのは映画館へ行っても映画の間で外へ出れば外出券をくれる。それを持って休憩時間に外へ出てお茶を飲んだり,買物をすることが出来るので面白いと思った次第である。
 日本で共進会で入場料をとったら,何パーセント位が入場料を払って入るか知らんと考えてみた。おそらく顔々々で正直者が馬鹿をみる位が落ちではないかと思う。然し経費を少くして何処ででも開催する様にするためには入場料も考えてみる必要があるのではないだろうか。最も畜産を一般の人に認識して貰う必要もあるのだから,経費が出る道があれば話は又別である。
 もう一つ書き加えると,毎年の各地の共進会に記録を取り纏めて一冊の本にして出版しているのには感心した。スタッドマスターと言うものである。一冊375円もする相当立派なもので,これが一冊あればその歳1ヵ年の共進会の全貌が判るので便利である。共進会場へ行くと記者と写真班が方々で活躍して,入賞家畜や審査員,さては各国からの珍客,審査の風景と言ったように種々な角度からの写真を載せているのには感心したのである。1954年版が丁度発行されていたが,この年購買官として活躍した農林省の牧野技官のハミルトン共進会場に於ける写真も載っている。吾々の一行もこの連中に掴まえられて写真をとられたので,或いは55年版に載るかも知れないわけである。兎に角毛色の変ったのが動くと眼につき易く,それに日本人の癖で必ず一団に群って居り,皆写真機をもっといるので一見それと判るらしく,何処へ行っても感想を聞かれて,弱った次第である。


新聞記者の包囲攻撃を受ける一行

 岡山県でも昨年の共進会の時何やらわけの判らない共進会の記録写真帳を作った人があったらしいが,広告ばかりで肝心の写真は申訳程載っていたそうである。
 近年次第に共進会の記録写真が出される様になったが,是非良いものを作り,永く記念として残る様なものにしたいものである。
 出品者の服装について書いてみたい。感心したいのは全部が一様に白いガウンを着ていることである。審査員も勿論白いガウンを着ている。一寸見ると誰が審査員か判らない位であるが,何だか清潔な感じがして良かった様に思う。日本では最近出品番号を大きく胸と背につけるのが流行になって来たがこれも面白いと思う。矢張り同一歩調にすると美しくなるものである。岡山県の場合ももう少しこんな点にも気を配ってみたいものである。
 乳牛の処で書き落したので此処で附け加えておきたいことは,場内には必ず自動搾乳機が据付けてある。審査が終ると次々と此処へ来て搾乳するのである。勿論中には手で搾っているのも見掛けるが,そんなのは例外と言ってもいいのであって,大部分のものは皆機械で搾っている。其処から乳はチャンと工場へ送られて行くのである。
 場内には又必ず農機具や農場用品,農薬や種子等の展示会場がある。自動車やトラクターやキャラバンカーも陳列してある。農機具は何れも大型の所謂大農具が主であり,日本の様な小型のものは殆んど無い。エンシレージカッターや柱を立てる時に掘る穴をあける機械,乾草を刈り取って圧搾して混包する機械,デイスクプラー、ハロウ,デッダー,モアー等から自動搾乳機,電気牧柵機の様なものから,放牧柵の支柱や排水用の土管等に到る迄各種のものがある。別な処には雑草や潅木を退治する薬品や,農薬,あるいは資料の見本や食塩無機物等を混合したミネラルの補給食や種々な展示がある。
 ローン商会では場内に大きなテントを張りお茶のサービスをしている。お客様にサービス券を出して,朝10時と午後3時頃にはお茶とケーキをサービスしてくれる。
 場内には簡単な食堂もあれば,パンやホットドッグ,アイスクリーム,飲物等を売っている処もある。面白いのは必ず熱いお湯をサービスする処があることで,お茶の時間になると皆このお湯を買って,自分でお茶を入れて飲んでいるのである。全く何から何迄よく行き届いた設備があるのには感心したわけである。
 パーマストンノースでは場内に展示場があり,家庭用品から,衣料,食料品,本等の陳列もしてあり,市中で買えない様な本が並べてあったりして驚いたのである。「ニュージーランドの牧草地」と言う本なんかは市中ではいくら探しても見つからないのであきらめていたら,こんな処に売っていたりして驚いたり喜んだりしたものである。<BR>
 ついでにもう一つ出品家畜の世話をしているのが又家族が多いことである。特に婦人が割合多かったのには驚いた。こんな処に婦人が出て来て世話をするなんて思っても居なかったので,作業ズボンをはいて元気よく働いている婦人を見ると,矢張りこれでいいのだと言う何か安心に似た気持になれてホットした。これでこそ家畜が出来,畜産が国の産業としても大きな地位が与えられるのだと感心したわけである。子供達もよく世話をしているし,自分達の出品の家畜については親に手を出させない程大切にしている。前掲の写真で見て頂いた様に純白の仔羊は彼等のマスコットであり,何物にも代え難い友達でもあるのである。これ程大切にしているのに,出品畜舎を廻って見て濃厚飼料を使っているのを見掛けなかったのには一寸驚いた次第である。日本ならば共進会場へ濃厚飼料を必要以上に持って行って,自分の処ではこんなものを食べさせていると言わんばかりに見せびらかしたり,平素あまり与えないものをやって食滞を起したりして大騒ぎをやることがよくあるが,そんなことが,一つも見られなかったことは何だか教えられた様で,そのくせ清々とした様な心持になったのである。
 出品者の処に廻って出品家畜を眺めていると必ず話しかけて来て,自分の家畜の自慢である。こんなことは日本人でもやるが,時によると家畜をかくしてしまって一般に見せない人もよくあることである。特に大きい共進会になる程その傾向が強いのである。もっと開放して,一般の人に見て貰って自分の宝を自慢出来る様にしたいものである。言葉のあまりよく通じない吾々が行っても親切に話しかけてくれ,説明してくれ,そして吾々の意見も聞くと言う彼等の気持と態度を学びたいと思う。
 以上共進会の模様を大雑把に書いてみたが,先にも書いた様に共進会は全くこの国のお祭りであって,共進会を皆んなで楽しむ様にしているのには関心したのである。日本も早くこの様な共進会が開けるようにしたいものである。