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家庭3題

杜陵 胖

一.献立

 中学2年の坊主が宿題をするのだと言って一生懸命に母親をつかまえて尋ねている。珍らしいので何事か知らんと側で聞いていると1日の献立を書いて行くらしい。理科の先生が喧ましいのだからと言ってやいやい言っている。
 朝パン,バター,卵,ミカンジュース。
 昼は焼そば,それから何にするかなあと考えている。食べたものをそのまま書いて行けばいいのであるがどうもお台所が知れて都合が悪いらしく,考えては書き,聞いては書いている。……しいたけ,にんじん,ねぎ,かもぼこ,ひきにく……大変な御馳走が出来上ってしまった。 
 夜は飯,豆腐,みつば,ほうれん草……それから……,その次は…と考え考え書いている。他の子供達が側からやいやい言っている。「そんな御馳走なんかあるか,3日分も4日分も合せて,いい物ばかり言っている」とはやしている。母親は母親で「そんな悪口を言うともう晩の御飯を食べさせませんよ」と言っている。お台所をのぞかれるのは母親にとっては一番苦手らしい。
 こんな献立で1日幾らになるか知らんと子供は勘定している。植物質が幾らで,動物質が幾らでカロリーが幾らでと喧ましいことである。どうせ米は13日分位しか配給が無く後は他の物で間に合わせなくてはならないお台所であるから,パンや麺類が入っても仕方がないが,これではどうも発育盛りの子供には足りない様な気がするが,勘定奉公の身になってみるとそう毎日御馳走も出来ないので,まあ良い物を集めてみてもこれ位が関の山である。この頃の学校はこんな課題が多いので家の連中は全く閉口である。

二.テルテル坊主

 雨…雨…雨…
 春には珍しい長雨である。
 学校の子供達が遠足に行けなくて困っている。尤も困っているのは子供達ではなくて母親の方であるかも知れない。明日は遠足と言うので弁当の準備をさされ,お菓子を買って準備をして待ってみても雨でおじゃんになり,お菓子は平らげられ,弁当は役に立たないで困っている。
 夕飯の後小さい子供が黙ってこそこそと新聞紙を出しているので何をするのかと思って知らん顔をして,そっと見ていると,紙を破って丸めている。大きいのや小さいのを沢山作って,引出しから紐を出して隣りの室へ走って行った。そっとのぞいて見ると沢山の照る照る坊主を作って一心に顔を書いている。成る程明日はのびのびになった遠足の日である。明日延びると又何時行けるか判らない。子供達にしてみればそれこそ一生懸命である。
 どうか晴れますようにとテルテル坊主である。母親は母親でお弁当の準備をし乍らお天気を眺めてため息である。
 雨…雨…雨…
 春雨は静かに音もなく降っている。雨だれの音のみがポツポツポツと響く。ラジオのニュースは九州の惨事を報道している。春雨じゃ濡れて行こうどころの騒ぎではなくなってしまった。もう程々に止んでほしいものである。

三.レクリエーション

「時計は朝からカッチンカッチン……」と下の坊主が唱い出すと女の子が「喧ましい」と怒り出す。他の坊主が「カッチン,カッチン,火の用心」と大きな声で側からやり出す。女の子はますますふくれてプリプリいい出す。
 カッチンとは女の子のニックネームである。母親が女の子に加勢して坊主共を圧えると男は男同志で一緒になってよけいにワイワイ騒ぎ出し,反って騒ぎが大きくなる。結局女の子が雨を降らして幕である。
 こんな喧嘩は朝から晩迄続いているので,家の中に居ると1日子供の喧嘩を聞いている様で,馴れてしまえば何処吹く風と別に気にもならない。又いちいち気にしていたらそれこそ神経衰弱になってしまう。
 喧嘩は子供達のレクリエーション位にしか思っていないから別に怒る程の事はないが,時には暴風雨になることもあるので,近所迷惑位ではすまされないこともある。
 この頃は親父が時々こんないたずら書きをするので子供連中も恐れをなして,原稿用紙でも出そうものなら「そら書かれるぞ」と逃げてしまう。写真ではなし,いくら逃げても親父の筆は後を追って紙の上を走り廻るのであるが,顔がなければ安心なのであろう,皆逃げてしまう。いい追払いの道具が出来て親父はホクホクである。騒いでいると「書くぞー」と言えばワアーと逃げるので時々この手を使うことにしている。
 こんな時に限って母親だけが「もうお止しなさい」と心配そうな顔をしてのぞき込む。書き出せば何かキット自分の事が出て来るので,又変なことを書かれては大変とジット張り番である。
 こうジット側でにらまれると,こんどはこちらの方で少々閉口である。三すくみではないが,次々とにらまれて引込んでおれば先ずまず無難である。と言うことにしてこの話題もこの辺で筆を収めることにする。