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自給飼料を主体とした乳牛の飼養(一)

畜産専門技術員 岡  秀

 最近の酪農界は飼料高,乳価安といったピンチにあるわけで,飼料部門殊に粗飼料生産に確固たる基盤を持っていない酪農家はなお更のことと思う。
 このピンチ打解の方途としては一つは政府において強力な措置を講ずることであり,一つは酪農家自身が強固な団結をして,更に飼料の生産,給与の問題を一層工夫,研究することではなかろうか。乳価が下落して以来自給飼料の問題がやかましく叫ばれているところであるが,自給飼料は乳牛飼養の基本問題であり,酪農ブーム時代にみられた,濃厚飼料で牛を攻めて一滴でも多くの乳を搾るやり方,或はもっと甚しい場合は乳牛の維持飼料までも濃厚飼料で補給して牛乳の売上代金の50%以上も飼料代として支払っていたやり方は全く牛の栄養生理を無視したやり方で冷汗のにじむ思いがしたものである。
 しかし,最近に至ってはそれぞれの酪農家において真剣に自給飼料生産の方法が計画されており,将来の酪農の基盤を裏付けるものとして誠に同慶に堪えないところである。  

一.これからの酪農の指針

 第二次大戦後,酪農(DAIRY)は農業経営の改善合理化と国民栄養の見地から最も大切なものとして全国的に勃興したが,本県においても従来の邑久,小田,浅口の南部先進地の他に,南部(児島郡,御津郡,吉備郡など)及び北部(津山市を中心とする作州一円)に乳牛飼養のレインヂが拡大されて,特に北部では有利な自然的立地条件を背景として大量の乳牛が導入され協同組合組織による酪農工場の設立とともに,新興酪農地帯を築いたことは周知の通りである。さらに,昭和27年から始った有畜農家創設事業の推進によって乳牛飼育が一段と勃興して,29年度末には県内頭数6,000頭を超過する盛況を呈してきたわけである。
 いま一度,わが国酪農の根本的使命を考えてみると,日本の食糧資源からみて牛乳を豊富にしかも安価に消費者へ供給することと,一面農業経営の面からは,これまでの米麦栽培偏重の農業構造を変えて酪農経営によりつねに補完しながら,農業経営全体としての所得を増加するという点にある。すなわち,酪農による農業構造の改革であると同時に,国家経済的にみれば不足する食糧の直接的,間接的増産であることを銘記しなければならない。
 ひるがえって,28年春から29年初頭にかけて花々しく行われた乳業会社の集乳地盤の確保,拡大のための集乳合戦は,御承知のように1升70円という常識以上の高値を呼んだのである。ところが,デフレ政策の影響に加えて,乳価高や気候不順がたたって牛乳の消費減退を来したために,29年6月以降全国的に乳価の値下げが実施され,本県においても遂に9月から原料乳価42円のラインが打ち出され,更に30年に入っては38円の所も出現したわけである。
 乳価が全国的に下がりいわゆる酪農ブームに乗じた景気は一応去ったという形となり,この現状をみて前途に暗澹たる想いを抱く人がないでもないが,筆者はこの事態は決して悲観するには及ばないと確信しているものである。すなわち,日本の酪農は未だ年令的に若く,今までのように基盤が浅く徒長を続けることは危険で,健全な酪農経営の確立に向って,指導者も,酪農家も共に奮起をもたらす絶好のチャンスではなかろうか。
 28年の酪農ブームの頃には,隣人の酪農成果に魅惑を感じて乳牛の飼養技術もろくろく勉強しないで,乳牛をただ飼いさえすれば儲かるものと思いこんで乳牛を導入した者も屡々見受けられたものである。もともと酪農は,科学的な飼養技術を要するものであるから,現在のような不調な時に乳牛の飼養技術を十分研究工夫し,その基盤を確立して将来に備えることが甚だ肝要である。
 少くとも本邦酪農のあり方は,終戦前までの酪農とは根本的に異なり,いやしくも,一腹搾りを目的として濃厚飼料で牛を攻め立てるような投機的酪農経営の形式では全く問題にならず,土地を母体とした本来の酪農の姿として進まなければならない。いま,これからの酪農経営の重点事項をサミングアップすると,次の通りである。

(1)耕種農業或は園芸との有機的結合
(2)自給飼料の高度利用
(3)乳牛飼養技術の改良工夫
(4)牛乳による農家生活の改善向上
(5)将来は体質強健で経済的乳牛の選択

 上の5項目が,これからの酪農経営についての筆者の私見であるが,既に多くの酪農家においてはそれぞれの立場から飼料作物の作付及び栽培設計,或は草生の改良計画,濃厚飼料の購入自給の調整,乳牛の飼養管理技術改善上の設計を立てて,より科学的な酪農経営の確立に向って邁進されていることと思う。
 乳価が下落して以来,酪農経営において自給飼料による牛乳生産費の低減が強く叫ばれているが,これは酪農ブームによって軌道をはずれた,酪農経営が真の姿に帰る前提として誠に喜ばしい限りである。もともと,自給飼料特に粗飼料は乳牛の主食として大切なものであり,その他にミネラル・ビタミンなどの微量成分を豊富に含んで乳牛の生命を長命に培養すると同時に,繁殖生理を順調に営ます上からも大切なものである。この自給飼料を乳牛飼養の主体として,少しでも濃厚飼料を節約してゆく飼養方法こそ,牛乳生産費の低減と乳牛の健康並びに繁殖率向上の2点を同時に解決するキーポイントとして重要なものであろう。
 自給飼料を主体とした乳牛飼養についてはそれぞれの酪農家においても経験を積んできていることと思われるが,この際さらに正確な数字を知ることは必要なことであり,この問題に関して農林省畜産試験場で以前行ったところの粗飼料を主にした仔牛の育成試験と泌乳牛の飼養試験の成績は相当役立つと思われるので,つぎにその試験成績を中心として考察を試みて大方の参考に供したいと思う。

二.自給飼料による乳用仔牛の育成

 この飼養試験は仔牛の育成を粗飼料だけで飼育した場合と,粗飼料に大豆粕を少量与えた場合の発育状態と初産時乳量を標準と比較調査したものである。

1.試験成績

 供試牛は畜試産の生後14−21ヵ月のホルスタイン種牝仔牛9頭で,その内5頭を第一区として後述の粗飼料だけで飼育し,残りの4頭を第二区として粗飼料の他に蛋白質の補給として大豆粕を1日1頭1s宛を添加したのである。
 給与した粗飼料は比較的入手容易な青刈飼料作物,甘藷蔓,玉蜀黍,エンシレージ,乾草及びビートパルプであって,飽食状態を標準として給与した。体重は10日毎に測定し,乳量は分娩後50日までのものとしたが,これは分娩前の体栄養が分娩後の乳量に大きく影響するのは大約50日前後と推定したからである。

(1)体重及び乳量

 試験結果を畜試従来の発育及び乳量の標準と比較して見ると第一表の通りで,これによると粗飼料だけの第一区の分娩前体重は畜試標準の86.4%(547.0s)に終ったが,粗飼料に大豆粕1sを加えた第二区の分娩前体重は標準の93.4%(596.5s)までに発育した。

(第1表)粗飼料主体の乳用仔牛育成における体重及び乳量

区  分 分娩時
月令
体    重 乳        量
分 娩 前 百 分 率 50日間総量 1日平均量 百 分 率
  ヵ月 s s s
畜試標準 30 633.1 100 1,021.40 20.4 100
1区 29−37 547 86.4 670.4 13.4 65.6
2区 29−31 596.5 94.3 713.8 14.3 70

 また,乳量の方は体重よりも減少が著しく、第一区は一日平均乳量13.4s(約7升2合)で標準の65.6%になり,第二区は,一日平均乳量14.3s(約7升7合)で標準の70.0%であった。すなわち,大豆粕を一日1s添加することによって、粗飼料だけのときよりも体重は7.9%増し,乳量では4.4%増加したわけである。

(2)可消化養分と増体重並びに乳量との関係

 つぎに,給与した,飼料の中に含まれている,可消化養分の量と,体重及び乳量の増加した分との関係を求めると,第2表に示す通りである。表に示すように体重が1s増すのに要した飼料中の可消化養分の量は,第一区ではD・C・P0.943s,T・D・N7.278sであり,第二区ではD・C・P1.299s,T・D・N5.283sであった。また,牛乳を1s生産するために要した飼料中の可消化養分の量は,第一区ではD・C・P0.030s,T・D・N0.259sであり,第二区はD・C・P0.056s、T・D・N0.397sであった。

(第2表)可消化養分と増体重並びに乳量との関係

区   分 1 s 増 体 所 要 量 1 s 牛 乳 生 産 所 要 量
D・C・P T・D・N D・C・P T・D・N
  s s s s
1区 0.943 7.278 0.03 0.259
2区 1.299 5.283 0.056 0.397

2.考察

 粗飼料を主体にして乳用仔牛を育成した場合の発育及び乳量についての成績は以上のようであるが,これについて考察を試みるとつぎのようである。

(1)飼料の利用性

 粗飼料を主体として乳用仔牛を育成又は泌乳させると,標準飼養に比べて体重も乳量も共に減少して来る。しかし,飼料の利用性について,牛乳1s生産に要した,可消化養分量をN・R・C標準と比較すると第3表のようになり,大豆粕を添加した第二区はN・R・C標準よりも所要量がやや多くなっているが,濃厚飼料無給与で粗飼料だけ与えた第一区はN・R・C標準よりも少くて済んでいる。つまり,粗飼料だけ乳牛に与える力が飼料の利用性は高いわけである。

(第三表)飼料の利用性

区   分 牛 乳 1 s 生 産 に 要 し た 可 消 化 養 分 量
D・C・P T・D・N
所 要 量 百 分 率 所 要 量 百 分 率
  s s
N・R・C標準 0.043 100 0.3 100
1区 0.03 69.8 0.259 86.3
2区 0.056 130.3 0.397 132.3
(2)乳用仔牛の発育

 乳用仔牛育成の実際問題として飼料の利用性だけ考えたのでは困るのであって、仔牛の発育もなるべく標準に近くさせたいわけである。それには或る程度の濃厚飼料,特に大豆粕或は魚粉などの蛋白質飼料を添加してやることが望ましい。それによって,乳用仔牛は標準の95%程度まで発育するからまず大した支障はなくなる。

(3)妊娠増飼量の必要

 乳牛では分娩後間もないときは,乳房のしこりを除くために十分な飼料は与えられず,また,優秀な乳牛では泌乳最盛期の頃には泌乳に必要な栄養分を全部飼料から摂取することはできないものである。実際,普通の能力の乳牛でも分娩後泌乳最盛期までは,どのように十分な飼養法を行っても窒素平衡はマイナスとなるもので,特に泌乳能力が優秀な牛ほどこのマイナスは大きい。そしてこの時の必要栄養分の不足は,専ら妊娠中に体内に蓄積した栄養分を放出して補足するものであるから,その時期の乳量は給与栄養分以上に泌乳する生理的特性がある。
 本試験成績においても,初産分娩後の乳量は興味あるところでり,育成中から分娩後50日まで粗飼料だけ与えた場合は,1日平均乳量13.4s(約7升2合)で標準の65.6%であったが,大豆粕を1日1s添加することによって1日平均乳量14.3s(約7升7合)に増加したわけである。これは大豆粕を添加して直接乳量の増加したことも肯定されるが,今一つ大豆粕添加によって妊娠中に体内に蓄積した栄養分の放出によることも見逃すわけには行かない。したがって,分娩前2−3ヵ月間の妊娠増飼量は必ず与えて分娩前の栄養をつけておくことが甚だ肝要である。

(未完)