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東京通信

広報課 栗坂耕一

 先月号へ蝶の居らぬ春を書いて大失敗をやらかした。パラチオン,ホリドールの散布も一向影響なく,初夏から真夏へかけて,黄色の蝶こそ余り見かけませんが,白い蝶が野に山に群れ飛んで居ります。おまけに昨今は,これの親類筋に当る毒蛾など現われて新聞を賑わして居ります。  昔の小学唱歌「ちょうちょちょうちょ菜の葉にとまれ」の一つ覚えで,蝶は菜たねや桜の咲く春のみと心得,戦後,生活に追われて世事,風物にうとくなった人間の失言とお笑い下さい。  何か名誉回復をと考えまして,丁度所用をもって1ヵ月ばかり東京に滞在して居りますので,田舎者の目にうつった東京の様子,東京の感じを綴って見ることにしました。
 東京を歩いて一番感じることは,矢張り人の多いことです。700万人が800万人か詳しくは知りませんが,停車場や盛り場で帯の様に続く群集の流れを見て居りますと,よくもよくも人間の集まったものだ,これで将来東京は一体どうなるのだろうかと,ひとごと乍ら空恐ろしい程です。識者の間では第二東京の建設なども色々考えられているらしい様子ですが,戦災の直後なら兎も角,今の様に復興した東京を分散することは決して生易しいことではありますまい。
 而も皆んながこれでは困ると思って居りながら,現実には毎年この都会に数10万の人口が増加しているところに,どうにもならない,現在の日本の苦悶がある訳で,何にしても大変なことです。
 人間も多いですが街を走っている自動車の数もこれにおとりません。日比谷や銀座4丁目の交差点に立って,あばき切れぬ自動車を見て居りますと,つくづく交通量の限界に来ていることを痛感させられます。ニューヨークでは2,3年前から都心の繁華街へは,自動車で行くより歩いた方が早いと言われ,機械文明の発達し過ぎた皮肉,便利の不便が悩みの種になっているそうですが,これはあに独りニューヨークのみならんやで,こちらでも有楽町辺の商社へ行くには既に殆んど同じことが言えましょう。私も都庁へ行く際に自ら体験させられました。誰れかの話に,朝鮮特需のもうけで西ドイツは生産設備の合理化を行ったが,日本では一番おそまつなのは飲んで仕舞い,多少ましな連中がビルを建てた,と聞いたことがありますが,成る程,東京駅の表裏,丸の内,八重州口界隈のビルディングは立派になっています。併し機械の合理化に金をつぎこんだ西ドイツが貿易面でグングン伸びているのに反し,ガタガタの設備でつくった日本製品がコスト高の為に海外市場でもたもたしているのを考えますと,一寸景気がよければすぐ有頂天になって仕舞う。お互日本人の思慮の浅薄さを見せつけられる思いです。
 戦前,特に支那事変のはじまる前の東京には,所謂よき明治の名残りがあり,四季を通じて東京らしい情緒があり,風物詩があった様に思いますが──私も若い20代の頃には東京程よい処は日本のどこにもあるまいとさえ思い込んでいました──今の東京はザワザワガタガタした植民地的様相と気風に包まれて昔のよさは偲ぶべくもありません。尤もこれは年のせいと今一つは金のせいであるかも判りません。
 一と月に金の10万円もあれば娯楽,歓楽の施設はそろっているし,もう岡山へは帰りたくないと言うことになるかも知れませんが…………
 あれこれととりとめない事を並べましたが暫く東京に滞在しての感懐です。