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北陸の旅

保和阿宇永

 水銀柱は鰻のぼりにぐんぐん上昇摂氏31度を示している。氷のかけら位ではどうにも我慢できない状態,これが6月25日頃畜産課内の寒暖計の温度である。
 本年はからつゆから記録やぶりの夏型の暑さに追い込まれた。私達はこの6月末に北陸に和牛のお得意さんを尋ねて本年も相変らずお買い上げ願いますと……出かけたわけです。
 (1)福井駅には早朝5時到着,寝不足の眼をこすりながら……福井駅は長方型,3階建のすばらしい建物で実に明るい感である。2階には1時間でも2時間でも睡眠できる仮眠室があり,いわば昔なつかしい3等寝台車といったようなものである。3階はホテルとなっており,梅,松,桜その他草花等の名前がずらりと各室にかかっている。朝早く到着した者には朝風呂の用意もあり感じもよく誠に好都合である。両側が食堂となっており一方が洋食片方が日本食で,おすきな方に……というわけである。岡山にもこういった宿泊所が構内でなくとも駅近くにあってよさそうなものだ。
 福井市は日本中何処の都市も同じように戦災でやられ,その戦災から立あがりかけを23年の大地震と,それに伴う火災とに再びたたきのめされたが灰燼の中から立派に立ちあがり新しい福井市ができており,鋪装された大通りをはさんで美しい商店街が並んでいる。
 『おさの音から福井は明けて……』と福井音頭にあるように本県は古くから織物王国として知られており,最近はデフレの影響でまあまあといった処であるが,朝鮮動乱の時は全国長者番付の頭に機屋さんがその名前を連ねていたそうである。
 さて,農業関係はといえば本県は,主に湿田単作の稲作1本の早場米地帯で1戸平均耕地は7反余であり,耕地は県総面積の12%以上で狭少な上,寒冷に制約されている。本年の越前米は天候に恵まれて成育もよく豊作を約束されている。
 和牛の頭数はここ10数年の間に飛躍的に増加現在13,000頭に達している。県の嶺南地方は但馬牛が多く嶺北地方は因伯牛,千屋牛が多く導入されているが,最近は足羽,坂井の両郡の使役地帯を岡山牛が占めている。今後も良いものを送り一層信用を得るようにせねばならない。
 (2)越中富山……といえば薬売を思い出す。北陸の北端に位置しており,東西北はけわしい山岳で囲まれてこれを源とする庄川,神通,黒部,常願寺等の大小100余の河川が流れ扇の状態の耕地が出来ている。中央部の越中平野は越中米産地として知られている。
 1農家の耕地面積は,9反2畝,水田面積は耕地の92%を占めている。車窓よりの越中平野は緑の大平野といった感を思わす。又河川の多いのにも一驚する。川は一般に河床が極めて浅く平野の上に川がのっかっているといった状態である。この等の河川は水量も多く従って水力発電事業がよく発達して,その電力は中京,阪神,京浜等の工業地にまで送電されている。
 越中富山の「マンキンタン」で全国津々浦々に農村相手に越中人は配量薬をして廻っていることは周知の通りである。
 富山は坊さんのもてるところというと語弊があるが仏教の盛んなところで一寺当の檀家は670人の割だそうで他の県に比較して寺の数も多い。従って仏教関係で肉食をきらい老人は殆んど食べない。又廃鶏処分に困るといった状態で,鶏肉専門屋がない。私達の宿った旅館には1,300体の仏像を祭ってあったのでも仏の国とうなづける。
 富山の婦女子は結構百姓仕事をきりまわしている。男は薬売りやら外に出てかせぎ現金をもって帰る(農繁期位を手伝する)ので,一般に経済状態はよいといえる。
 役牛とか馬は農繁期が終るとお隣の長野,岐阜,石川の各県に青草のある間,牛馬の下宿代を支払って秋まで下宿さす習慣がある。手間のいる牛馬を飼うより,出かせぎして現金をかせぐことにあるらしい。(単作で粗飼料の不足にもよる)この下宿代が5,000円〜6,000円位といったところ又反対に農繁期だけ借牛をするのもある。(1万7,000〜2万円最高2万6,000円以下の借牛代を支払う。)
 本県の和牛は,繁殖には重きをおかず県下,県外鳥取,島根等その他各地から肥後の褐毛,山口の無角も入れ育成肥育の慣習を行っている。早場米地帯であるので早く牛を手離す関係から早熟,早肥を特に好むようである。
 肥育地帯の中心は東部畜産組合管内で素牛を入れ短期肥育して(2,3才)だす。最近は甲状腺摘出による肥育を奨励,この摘出手術は獣医師が一手に引受け手術料は1,500円で行う。甲状腺摘出牛となると肉質がよいので市場価格1万円高に売却できる。まことに結構な話である。
 畜連は食肉直売所を3ヵ所設置している。地鉄桜井駅前の直売所を見せてもらったが実に立派で夕方ともなると一列行列となるそうだ。値段は3区分され,(A)は一般販売で(B)は農協の共購,農協が5貫目以上まとめて共同購入すれば2割引にする。(C)は還元肉,肉畜を生産販売した農家は経費を畜連が負担し,3割安で還元する。以上のように本県は育成肥育県としての行き方をしている。
 最近後進県がどんどん生産をあげており,市場を開設してその売却に力こぶを入れている。北陸の各県の生産数を見ると福井4,000頭,石川7,000〜8,000頭(新潟15,000頭)の数字となっている。生産県としてこの事実を再確認し,これら繁殖県に良い基礎牛をつくって供給と,育成肥育地帯には,需要県が要求する,良心的な仔牛を売却することこそ,信用を博することになるのではなかろうか。