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岡山県獣医畜産学会 研究発表特集

(1)導入ジャージー牛の牛蠅の発生状況

津山畜産農場 竹原 宏

一.目的

 先年津山地区に導入されましたアメリカ産ジャージー牛に牛バエが発生しましたがこの牛バエは現在北半球の大陸の各地に発生し,皮革肉質の低下乳量の減少等の経済的に多額の損害を与えて居りまして米国だけでもその額は6,000万弗以上と言われております。この恐るべき害虫が万一に津山地区のような和牛密集地区に発生するならゆゆしき問題となりますので本虫の撲滅は徹底を期すると共にその状況を詳に調査し将来に備える必要があると思いまして本調査を始めたのであります。この牛バエにはHypoderma  bovis(ウシバエ)とHypoderma  Iineata(キスジウシバエ)の2種類がありまして,ジャージーに寄生して居りましたのは「Hypoderma  Iineata」でその成虫は体長13mの蜜蜂位の大きさで腹部に明暗2種の黄色い縞模様を有すると言われております。この成虫は4,5月頃の温暖な日に羽化し,牛の蹄冠部の上の脚毛に産卵し孵化した幼虫は毛根より皮下を潜行し,横隔膜に達し,食道気管を経て背腰の皮下に達し,ここで成長し皮膚を穿孔し,外界に脱し蛹となり成虫になると言われております。

二.調査の方法

(一)調査期間 自昭和2912月1日 至昭和30年6月30

(二)調査事項

(1)牛バエ幼虫の発生状況

(2)牛バエ幼虫の発育状況

(3)牛バエ幼虫の発生部の解剖的所見並に治療効果

(4)牛バエ蛆の蛹化試験

(5)牛バエ幼虫と体栄養の影響について

三.調査の要領

 ジャージー牛62頭について毎月津山畜産農場に於いて幼虫の発生状況を記録又は撮影し,牛体を測尺し,フリーマーチンの屠殺牛については発生部の解剖的所見を求め,摘出した生存幼虫は各種の環境の下に蛹化試験を実施し,個体の栄養状態発情状況等を調査しました。

四.調査結果

(一)牛バエ幼虫の発生状況

(1)月別発生状況 月別に発生状況を見ますと第1表の通り12月中旬より発生を始め,5月末日までに429個を発見しました。1,2月に最も多く発し,気孔より自然脱落を始めたのは5月中旬以降であります。尚発見より脱落までは月によって違いますが4060日位を要して居ります。これ等の経過は気温湿度と気象と密接な関係があると思われますが,彼地の気象が不明でありまして対比出来ないのは残念であります。

(第1表)牛バエ幼虫月別発生状況
29年 30年
12 月 1 月 2 月 3 月 4 月 5 月 6 月
発生数 3 200 107 69 42 8 0 429
発生率 0.7 46.62 24.94 16.08 9.79 1.86 0 100
気 温 最高 16.4 12.6 18.3 20.1 27.5 27.2 31.4 31.4
最低 -4.9 -10.9 -6.3 -3 -2 4.9 11.6 -2
平均 5.2 1.5 2.3 7.8 12.5 16.6 22.2 9.7
平均湿度 79 76 75 74 73 78 83 76.8

(2)発生部位的傾向について 第2表の通りでありまして,患畜全頭数の体長と腰角巾を毎月測定し平均を求め,その平均値に最も近い牛をモデルとして全患畜の幼虫発生点を体長と腰角巾の係数を以て修正し,このモデルに全発生点を再現し,そのトータルを求めた処背線と界として左側は48.93%右側は51.0%と殆んど差はなく,腰部が最も多く51.98%で次は背部で42.19%で頚部が最少でありました。

(第2表)牛バエ幼虫発生の部位的傾向
頸 部 肩 部 背 部 腰 部 尻 部
右 側 発生数 2 7 95 107 6 217
発生率 0.92% 3.22 43.77 49.3 2.76 50.58
左 側 発生数 0 2 86 116 8 212
発生率 0 0.94 40.56 54.71 3.77 49.41
発生数 2 9 181 223 14 429
発生率 0.466 2.097 42.19 51.98 3.26 100

備 考
1.本表は全発生箇所を体長,腰角巾の系数(モデル牛との比較を求め)を以て位置を修正モデル牛に再現しそのトータルを求めた。
2.本牛は体長122.7p,腰角巾35.9pである。
3.各部の長さは肩部25p,背部26p,腰部33p,尻部39pであった。

(二)牛バエ幼虫の発育状況

 第3表の通りで体形体重共に1ヵ月に2倍位大きくなって居り,2,3ヵ月の摘出期には脱皮した殻が虫体と同時に摘出された。

(第3表)牛バエ幼虫月別発育状況表
2 月 3 月 4 月 5 月 6 月
例数  37例 37 6 25 6
体形 長 o 巾 o 長 o 巾 o 長 o 巾 o 長 o 巾 o 長 o 巾 o
最大 17 6 21 9 24 8 25 12 26 12
最小 12 2 13 3 12 5 19 7 18 8
平均 11.7 3.5 15.9 4.6 17.1 7 21.8 8.8 22.3 10.6
体重
最大 0.3 1 0.7 1.25 1.9
最小 0.023 0.05 0.1 0.3 0.57
平均 0.091 0.271 0.425 0.836 1.233
体節
小型 白色半透明 白色不透明 小型 白色不透明 小型 白色不透明 小型 白色黒斑
中型 不透明 中型 茶褐
大型 背黒斑 大型 黒褐 大型 黒褐 大型 黒色
小−大型とは各月のサンプルの中で大別した型である。

(三)牛バエ幼虫の発生部の解剖的所見並びに治療効果

 幼虫が成長して来ますと皮膚の腫脹は直径3cm位になりまして著しく隆起して来ます。4月2日屠殺の牛の解体時の所見は写真の通りでありまして,Cyst(被嚢)の中には白濁膿様粘液が充満して居りその中に蛆が浮遊して居りましたが,皮膚の穿孔以外に筋肉の著しい変化は認められなかったのであります。又治療法は気孔に直鋏の先端を突込み,3−4mm切皮し指で腫脹部を強圧し幼虫を摘出し,後ヨードチンキを塗布しました。が結果は良くて摘出時,中で幼虫の潰れたものも一時的の腫脹以外に著しい変化はなかったのであります。

(四)牛バエ幼虫の蛹化試験

 第4表の通りでありまして蛆の蛹化は全部失敗致しましたが,孵卵器内の生食水が最も長く生存しました。

(第4表)牛バエ蛆の蛹化試験成績
1 区 2 区 3 区 4 区
第  1  回 試験区間 自 3月11日 自 3月11日 自 3月11日 自 3月11日
至 3月13日 至 3月13日 至 3月13日 至 3月13日
供試虫体数 2 2 2 2 2 2 2 2
虫の大きさ平均 長o巾o 長 巾 長 巾 長 巾 長 巾 長 巾 長 巾 長 巾
18×7 18×8 18×8 19×8 21×9 19×8 20×8 18×7
培養基の種類 生食水 生食水 リンゲル リンゲル 腐植土 腐植土 砂 土 砂 土
温度 6.0℃ 27℃ 6℃ 27℃ 6℃ 27℃ 6℃ 27℃
湿度 74 70 74 70 74 70 74 70
最長生存期間 5 12 5 5 0 0 0 0
第  2  回 試験期間 自 5月9日 自 5月9日 自 5月9日 自 5月9日
至 5月12日 至 5月12日 至 5月12日 至 5月12日
供試虫体数 2 2 2 2 2 2 2 2
虫の大きさ平均 長o巾o 長 巾 長 巾 長 巾 長 巾 長 巾 長 巾 長 巾
25×9 22×9 23×9 22×9 24×10 23×9 25×9 23×9
培養基の種類 生食水 生食水 リンゲル リンゲル 腐植土 腐植土 砂 土 砂 土
温度 18℃ 27℃ 18℃ 27℃ 18℃ 27℃ 18℃ 27℃
湿度 77 70 77 70 77 70 77 70
最長生存期間 12 24 10 15 52 5 5 5

(五)牛バエ幼虫の体栄養に及ぼす影響

 導入牛中育成牛のみ42頭について,体重,測尺を実施した結果では本虫と関係ありと思われるものは第5表の通りでありまして寄生数10匹以上のものは明かに発育が悪い事を示して居ります。

五.考察

 本調査の結果を考察してみますと,第一の発生状況においては背腰部に現出する時機は12月中旬より5月末日まででありまして,米国のDykstra氏の報告と一致して居りましたが発生部位的傾向については支那大陸のH.bovisよりやや後部に多発する傾向がある様に思われます。

 第二の発育状況について体色の濃さと大きさは必ず一致して居ないのは,脱皮の前後による差と思われますが,小野氏の言う第何期のものかは判然としなかったのであります。

 第三の幼虫発生部の解剖的所見については例数1頭ではありましたがDykstra氏の報告の如く,隣接筋肉がゼリー状であるものは認められなかったし,又治療の際に内部で圧潰された幼虫のためにデンマークのBrondersen等のRosenfieberの如く栄養障害,神経症状,流産等は認められなかったのであります。

 第四の牛バエ蛆の蛹化試験については,アメリカ,カリフォルニアの気象が不明でありまして試験方法が悪く,全部蛹化しなかったのですがもっと研究すれば,人為環境による蛹化は必ず成功すると思います。而し乍ら当地の自然環境では容易に蛹化しないのは事実であります。

 第五の牛バエ幼虫の体栄養の影響については,導入直後の調査でありまして輸送による栄養の低下が快復しない時から調査を始めましたので,明確な結果が得られなかったのでありますが,体重は軽く栄養も悪い牛に多発して居たのは,導入前に於いて本虫のために栄養を阻害されたのか,栄養の悪い牛に好んで寄生したのかどちらかであろうと思います。寄生数と増体重との間に相関がなく,幼虫摘出前後に増体重に差がないことはこれを裏書して居ります。又体高,体型から推して年命に余り差はないと思われるのですが,平均年命が出ないために発育標準と対比する事が出来なかった。又乳量の影響については他に対比する対照がなかったので其結論は出し得なかったのでありますが,要するに,例数僅少の上導入直後の牛であり年令も不明であったので正確な結論に達しなかったのでありますが,当地では成虫の発生も困難で本虫のため直接の悪影響はなく背腰部に幼虫が現出する時は盛んに舐めて落付きがなく治癒後の現在に於いても放牧中虻サシバエの襲撃に対し非常に神経質で放牧が困難であるのは本寄生虫を惧れるためであろうと思われます。