ホーム>岡山畜産便り > 復刻版 岡山畜産便り昭和30年11,12月合併号 > 岡山県獣医畜産学会 研究発表特集 (11)壊疽性乳房炎の治験例 |
まえがき
乳牛の疾病中繁殖障害及び乳房炎は吾々関係者のもっとも腐心とするところであります。酪農家に享ける損失も又多大なるものがあると思います。乳房炎も今日の如き高度の化学療法が進歩して,其の治癒も従て向上致していることは誠によろこばしいことであります。
其の中で壊疽性乳房炎は今迄不治の乳房炎として特別視されている向きもあり,其の筋の大家佐藤繁雄先生の著書『家畜産科学』及び黒沢亮助先生の『家畜臨床診療医典』等に述べられて居る壊疽性乳房炎の項を見ても,当病は重篤の全身症状を発し,併発病所謂敗血症を誘発して斃れるか又局部乳房は腐敗壊死の為に機能障害を起し,或は外科的処置にまつべき様に記せられてあります。
壊疽性乳房炎は化膿菌及び其の他腐敗壊死を起す菌の侵入により組織の急性なる変質を共う退行性実質性乳房炎で,丁度生き乍らの腐敗壊死の型であります。
当病はたまたま牛及び山羊に見受けられるものであります。特に山羊に於ては度々見られるものであります。昨年末に乳牛の壊疽性乳房炎に遭遇し予期以上の治療成績を得ましたので此々に皆々様の前に浅学菲才を顧りみず敢て発表し皆様の御批判を仰ぎたいと写ります。
治療及び症状
乳牛はホルスタイン種で年令5才6月20日分娩し高等登録の能力検定中のもので12月9日まで3回搾乳をし,12月10日より2回に減じて居ります,12月12日夕刻運動をし其の後搾乳するに右側二房が腫脹し,軽度の疼痛を認め泌乳量減じ12月11日には2貫400匁であったのが12日は2貫700匁に減じて居りました,畜主は心配し素人治療として所有の油性ペニシリン300万単位を注射し翌朝になって往診の依頼をされました。
1日目12月13日腫脹は前日より大きくて丁度分娩直後の『シコリ』の如き浮腫があり乳房が冷き感じがあり患部乳房より乳は殆ど出ぬ状態でした,乳汁のPHは試験紙B・T・Bで僅に反応を呈し,乳房下半部が変色していることに気がつき,今迄の乳房炎と様子が異って居り,北部酪農組合の野上技師と一緒に此に当り協議の上治療方針を樹て実施致しました。
治療として局部治療と全身治療とに分けて,起炎菌を化膿菌及び腐敗壊死を起す桿菌及び嫌気性菌を一応考えて,化学療法として薬の相乗作用及衝撃治療を行うべく,局所療法として実質注射にジヒドロストレプトマイシン2g,ホモスルフアミイン10%10cc,蒸留水50ccに溶解し変色部の境界線上及び患部中心部に向って浸潤注射をし,乳房内にペニフラマイシンゲル液15ccの分注を行い全身療法としてホモスルファミイン10%100cc及イスラピン1%,葡萄糖加100ccの静脈注射行いました。
13日夕刻は益々変色の度が濃く腫脹が大きくなり,其の後が危惧される様に思われ畜主に予後不良の警告を与えました。
2日目14日には乳房が稍々温りを増し変色の程度及び腫脹やらぎ進行の状態が停止し,治療の効果を認め意を強くしました。
3日目15日には乳房の状態良好で変色部が淡くなりつつあり乳量も増加し治療の為病勢が好転しつつあることを認めました。
4日目16日に至りては腫脹は残って居るが変色部及硬結の一部を残して殆んど消失して居りました。又乳頭部に淡く変色を見とめました。
7日目19日以降は実質注射を中止し5,000倍のフラツシン液で乳房の洗浄及び湿温布をし発病後約20日程で大体の『シコリ』は取れ約2月後には殆んど健康乳房の状態まで快復しました。
其の後山羊についても一例の治験例を持って居ります。
あとがき
以上経過治療を考察してみますと,予後不良の壊疽性乳房炎でも早期に組織の変質せざる間に適当の処置を講ずれば治癒するものであると言う事の確信を得たのであります。
治療に『ジヒドロストレプトマイシン』を患部に直接衝撃的に応用し,又薬物の乳房注入全身療法を併せて実施したので効あったものと思うのであります。実質注射は私共乳房の硬結及機能障害の為に今迄応用を控へ目に考えて居りましたが,本治療に於て何ら悪影響のない事を体験致しました次第で,但し実質注射はどこまでも無刺激薬品及び使用する注射針も極細のものを選ぶべきと思われます。
尚この場合に初期より乳房の温湿布を実施し血行をよくしたならば,これ以上の効果があったのではないかと思います。
尚この治療に細菌検査をして起炎菌の種類を把み治療方針を樹てるべきが本意かと思いますが其の余裕がなき為残念に思って居る次第であります。
以上簡単で充分其の意を尽せませんが此に皆様の御批判を御願い致します。