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岡山県獣医畜産学会 研究発表特集

(15)新見市南部地区に於ける慢性重症肝蛭症の臨床

草間家畜保健衛生所 黒田昭昌 行森 博

T まえがき

 従来肝蛭症は症候的には,非特異性のもの多く,原因を肝蛭に求むる迄には,往々にして相当の日時や加療を経ていたものであるが,近時その検査方法駆虫方法が,簡略確実になった為,臨床上容易に応用されつつある現状であるが,ここに報告する症例は,岡山県草間家畜保健衛生所に於て昭和29年秋季以来本年5月に至る期間に扱った一般臨床例中,重症肝蛭症と認めたものについて観察したものである。

U 高梁川北部流域に於ける肝蛭分布状態

 因みに,高梁川北部流域の肝蛭分布状態を調査するに,図表Tの如く,平均約20%,濃染地で3050%,淡染地で10%前後を示し,調査区域全域に亘り肝蛭に汚染される地区はなかった。この調査は,昭和2829年度に行ったもので図表中の感染率は検査総頭数約4,500頭について,渡辺式簡易糞便検査法により集団検査し,1回鏡検で判定して得た数字である。従って,実際には少くとも更に数%上廻る寄生率であるものと推察される。地区の名称は便宜上旧町村名を使用した。上刑部,刑部,丹治部,千屋,新郷の地区は岡山県刑部家畜保健衛生所の調査による。

V 慢性重症肝蛭症

(1)慢性重症肝蛭症14

 図表Uにその症例を掲げる。

(図表U)慢性重症肝蛭症14
畜種 性別 年令 初診月日 感染期(推定) 虫卵検査 稟 告 及 主 要 症 状 合 併 症 転 機
253大
○公○○
和牛 15才 29.3.2 28年8月
28年8月♀分娩後,栄養障害,下痢,飲食欲不振,可視粘膜貧血,肝圧痛歩履蹌踉,発咳,心音不整 気管支炎,慢性腸カタル,心衰弱 29.3.31
94
井○品○○
和牛 8才 29.7.15 29年5月
呼気時呻吟,単発,湿咳,第一胃蠕動微弱,飲食欲全廃,肝の圧打痛 気管支カタール,前胃弛緩症 29.7.25
138
西○茂○
めん羊 5才 29.9.8 29年6月

稟性鈍化し全く鳴かぬ,飲食欲減退,9月15日腰まひ併発(旋回病)心音二音分裂 前胃弛緩症,心衰弱,脳脊髄膜炎 30.2.1
142
大○貞○
めん羊 3才 29.9.12 28年8月

削痩骨立,歩履蹌踉,可視粘膜蒼白色 前胃弛緩症心衰弱 29.9.13
191
大○公○○
和牛 2才 29.12.10 29年5月 慢性無力性下痢,発育不良,起立不能,心第二音分裂,結滞 慢性腸カタール骨軟症,心衰弱 29.12.11
205
長○国○
和牛 6才 29.12.28 28年9月
29年9月♀分娩,泌乳少栄養不良慢性鼓腸,静脈搏動顕著,無力性単乾咳,軟便 慢性腸カタール,心衰弱,カタール性肺炎,卵巣機能不全 30.3.2
214
遠○稍○
和牛 2才 30.1.11 29年8月 約3ヵ月に亘る下痢の後
起立不能,両肺下半部カタール性肺炎により無気肺
慢性腸カタール,骨軟症,カタール性肺炎 30.1.14
217
村○一○
和牛 10才 13.1.16 29年8月 29年9月♀分娩,従来前胃弛緩症を頻発していた,皮温不整,貧血便秘,飲食欲全廃 前胃弛緩症腸カタール 30.1.23
230
大○一○
和牛 3才 30.2.8 29年9月 栄養不良,5ヵ月に亘る下痢の後起立不能 慢性胃腸カタール心衰弱,骨軟症 30.2.9
258
藤○せ○
和牛 2才 30.3.12 29年10月 起立不能,肝圧打痛,顎凹浮腫 骨軟症,心衰弱 30.5.10
7
高○竹○○
和牛 5才 30.4.4 28年9月
29年春♀分娩頃より栄養低下,軟便歩履蹌踉,腹囲捲少蹄輪不整著しい,顎凹浮腫,心打診界後上方に拡大,心音不整 慢性腸カタール心衰水腫,カタール性肺炎,卵巣機能不合 30.4.5
中止
18
大○角○
和牛 16才 30.4.9 29年10月
昨秋より栄養低下,30年1月♀分娩,結膜は浮腫し為に下眼瞼外に飜出す,起立不能,心第一音分裂二音溷濁 心衰弱 30.4.18
44
熊○熊○
和牛 8才 30.5.4 29年9月 1月♀分娩,飲食欲不振,軟抱状便,顎凹及陰唇下連合部浮腫,静脈,搏動,心打診界後上方拡大,蹄輪不整尾力なし,少量頻頻排尿 慢性腸カタール,心衰水腫,腎盂腎炎,卵巣機能不全 30.5.16
62
佐○友○
和牛 8才 30.5.18 29年10月

29年9月♀分娩,第一胃運動微弱飲食欲全廃,顎凹浮腫,長期に亘る下痢,肝圧打痛,心第二音分裂 慢性腸カタール,心衰弱,子宮内膜炎 30.5.29

(2)慢性重症肝蛭症の通有的症候

 一般に,肝蛭症が慢性重症化すれば,栄養状態は極度に低下し,削痩骨立し,全身的脱力,著しい貧血あり,幼若家畜では,殆んど発育を停止した長期に亘る無力性下痢を伴い,肝部の圧打診により苦吟し,(愈々末期には無感覚であった)可視粘膜は,全く蒼白色で眠結膜は浮腫する。心臓は衰弱甚しく,濁音界は上方に拡大し(心嚢水腫の為と思われる)聴診上,溷濁,重複,分裂,結滞などが現われる全身的脱力の結果,起立不能に陥るもの,循環機能の不全より,顎凹部,咽背部,に亘って冷性浮腫を発するものも多い。長期に亘るものでは,蹄輪は明かな不整を示している。飲食欲は,勿論減退するが,絶廃することなく殆んど斃死の23日乃至前日まで採食する。高度の寄生例(第230253,7,1,844)では虫卵検査に於て全視野に亘り虫卵も恰も豆を撒いた如く,50倍の1視野毎に1525ヶを算した。

 本症の発生を月別に観察すれば,図表Vの如く殆んど5月より10月に感染したものと推察され、更にこれが重症化するには図表Wの如く2ヵ月乃至9ヵ月を経過して居り,初診月は大部分12月より5月に至る時期であった。

(図表V)重症肝蛭症の推定感染月と初診月
月別
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12
感染月 1 1 2 3 4 3 14
発病月 1 1 1 4 4 3 14
初診月 2 1 2 2 2 0 1 0 2 0 0 2 14
註(1)感染月は発病月より約30−50日さかのぼり決定す
  (2)発病月は稟告により推定す
(図表W)推定感染月より重症化する迄の月数
重症化する
迄の月数
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14
症例数 1 1 3 3 1 2 2 1
註 重症化した時期は,稟告を参考として決定した。
  従って初診月とは一致しないる。

(3)重症肝蛭症とその誘発症

 肝蛭の生態及寄生場所よりして,相当数以上の虫体が寄生した場合には,肝機能の減退により当然各臓器によりその累が及ぼされ,各種機能不全が惹起せられることは,想像されることであるが,特に,慢性重症化した場合には,その誘発,継発症も単一でなく,何れが原症であるか,判然し難いものさえあった。即ち,図表第Xの如く栄養障害の結果の貧血,心衰弱,慢性前胃弛緩症,慢性胃腸カタールは殆んど全例に認められた。更にカタール性肺炎,気管枝肺炎などの呼吸器疾患,新陳代謝障害より来る骨軟症なども約30%に認められた。その他,脳背髄膜炎1例,腎盂腎炎1例,子宮内幕炎1例を認め,明かに卵巣機能が著しく侵されているもの3例があった。

 これら各臓器機能減退より全身脱力の為起立不能に陥ったもの5例を算えた。従来,当地方には冬期より晩春に亘る頃,栄養不良和牛で起立不能に陥り,予後不良の転機をとるものが,毎年数頭発生していたが,この原因については,単に栄養不良の為,起つ力もなくなったのであろうと,莫然と解釈されていたが昭和2912月以降本年,4月に至る期間発生した起立不能和牛7例を,原因的に探策するに図表Yの如く重症肝蛭症5例,カタール性肺炎1例転売の為原因不明1例,であった。

(図表X)重症肝蛭症とその誘発症の例数
臓  器  別 病  名  別 症  例  数
消化器疾患 慢性腸カタール 8
前胃弛緩症 4
呼吸器疾患 カタール性肺炎 3
気管支肺炎 1
循環器疾患 心臓衰弱 9
心嚢水腫 2
泌尿器疾患 腎盂腎炎 1
生殖器疾患 卵巣機能不全症 3
新陳代謝疾患 骨軟症 4
その他 起立不能症 5
(図表Y)栄養不良起立不能和牛の原因(自 昭和2912月 至 昭和30年4月
性別 年令 起立不能月日 転 権 月 日 転 機 診 断 名 備     考
  月 日   月 日 肝蛭症
191 2 12.3 12.12
214 2 1.11 1.14 肝蛭症
230 2 2.6 2.8 肝蛭症
249 14 2.25 3.8 転 売 不明 転売せるため充分なる診断出来ず
258 2 3.11 4.27 起 立 肝蛭症
271 2 3.28 4.1 カタール性肺炎
18 16 4.7 4.18 肝蛭症

W むすび

(1)肝蛭感染率,2030%の当地方では,年間全飼育頭数の,1−2%が慢性重症肝蛭症として発病する。

(2)その症状は被寄生臓器に由来するものよりも,誘発的に惹起せられた他臓器の機能減退や変状に由来するものが多く,頑固な下痢,極度の栄養障害や,浮腫,起立不能,を発するものが多かった。

(3)従来,当地方に於いて冬期より春季にかけて,栄養不良牛の起立不能に陥るものが発生していたが,この原因の大部分は,慢性重症肝蛭症であった。

(4)肝蛭の感染,排卵,発病,重症化の時期的変遷より濃染地帯に於ける定期的虫卵検査は,12月,次で1月及び11月に実施するのが最も効果的であると考える。