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岡山県獣医畜産学会 研究発表特集

(16)重症肝蛭牛の剖検例

美作家畜保健衛生所 桧尾卓彦

 さきほど御発表になりました重症肝蛭牛の臨床所見に次いで,肝蛭の寄生による斃死例は珍らしいと思い,その剖検例について御報告致します。

 本年3月末同一牛舎に飼育していた3頭の若牛のうち,2頭までが相次いで同様の経過で斃死したので,その剖検所見の概要を重点的に申上げます。なお剖検した2頭の牛は10ヵ月の♀と,16ヵ月の♂の黒毛和種であります。

 次に臨床所見を簡単に申上げますと,例1では,これは16ヵ月の♀でありますが,検診することなく斃死し,斃死前半月日より顎凹浮腫と間歇的な下痢が主要症状で斃死前3日頃より急に食欲不振となり斃死したのであります。例2の方は,10ヵ月の♀でありますが,斃死前3日目より顎凹及び胸垂に無痛の冷性浮腫,軟便,心悸亢進,不正,反雛絶廃等を認め非常に栄養不良で悪液質になり,血液所見では赤血球に於ては大小不同症で,ジヨリー小体が出現し,白血球では,淋巴球が割合に少く,モノチーテンが多く出現し,糞便検査では肝蛭と双口吸虫卵が多数認められ,その後起立不能となり検診後3日目に斃死したのであります。

 次に剖検所見を重点的に申上げますと,外部所見では共に栄養不良,被毛粗剛,光沢は失われ,可視粘膜は蒼白であり,内部所見では,皮下組織に脂肪殆んどなく,皮下織は奨液に富み浮腫状態を呈し,小血管内血液は外見上稀薄で凝固不全でありました。腹腔には淡赤黄色の腹水に富み例1に於いては約10リットル,例2に於ては約20リットルで後者に於ては腹水中に10数匹の肝蛭成虫の死んだものを認め各臓器の位置の変化はなく,腹膜は一般に鬱血し,所々に絨毛が認められました。例2では腸間膜淋巴節の腫脹が著明であり,消火器系では,第一胃に双口吸虫が大量寄生し,腸粘膜は一般に充血し,脾臓は硬結性脾腫を起し,脾周囲炎に依り被膜は灰白色で肥厚し,断面は例1では褐灰色,例2で小豆色で,2例共血量に乏しく,脾材は明瞭で,割面を擦過するに髄質が多少附着し,肝臓は例1では外観は著しく腫大し正常の約2倍量で,特に左葉の腫脹が著しく,硬度は非常に硬く凹凸に富み色は固有色,黄褐色,血斑等のモザイク様で不正を極め,肛門淋巴節は著しく腫脹し,鳩卵大で硬度を増し,表面は灰白色で割面は黒褐色を呈して居り,胆嚢には淡黄褐色の稀薄胆汁に富み,総胆管は拡張肥厚し,肝の割面は胆管肥厚し,胆管内に多数の肝蛭が寄生し,胆汁並にその変化物と思われる不潔黄褐色で稍々粘稠度の高い液体が充満し,肝実質は溷濁腫脹,小葉像不明,色は固有色が失われ褐灰色,赤色等が混在し不整で処々に出血斑が見られ,包膜下実質内にも多数の肝蛭が認められ,総数約250匹程度認められました。

 例2では非常な悪臭を有し,腫大著るしく正常の約3倍になり,硬度不正,左葉は著しく硬く,凹凸し,色は全く不正で外面に点状蛇行状の出血斑が多数あり,肛門淋巴節は鶏卵大に腫脹し硬度を増し,外面灰白色で割面黒緑色,中央部は乳廩状となり,胆嚢は淡黄緑色の胆汁を含み,総胆管は拡張肥厚して居り,肝の割面は溷濁腫脹し,小葉像不明でその組織色彩は全く不正で,胆管は拡張肥厚充血し,胆管内,肝実質包膜下等に肝蛭が約500匹程見られました。

 特に2例共実質及び包膜下では胆管に比べ幼若虫体と思われる小型のものが多く見受けられたのであります。

 心臓は心冠静脈血の凝固不全,心筋弛緩,心内膜に赤色の点状出血斑,心室内凝固不全でチョコレート色の血液が見られました。

 以上臨床並に剖検所見を簡単に申上げましたが,これを総括的に考察して見まするに以上の結果より大量の肝蛭の寄生に依り肝臓の驚異的腫大並に肝硬変を起し,肝臓機能は消失し,門脈系の鬱血により心臓機能は衰退し,内腔臓器の炎症を起し貧血し,栄養不良並に悪液質となり斃死したもので,肝蛭の大量寄生に起因したものと考えられるのであります。臨床,剖検所見より既に慢性症であった上に,更に大量寄生し急性の転帰をとったものと推定されるのであります。更にふりかえって見るに共に生後一夏を経過したに過ぎない牛であるのに,かくも多くの肝蛭が寄生している事実に非常な驚威を感ずるものであります。