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岡山県獣医畜産学会 研究発表特集

(2)トキソプラズマの動物実験の考察  

岡山県衛生研究所
北村尚次 中田三郎 西村 敏 吉岡達治 岡 好万 小柴公一

 トキソプラズマは,1908 HiColle & Manceau が北アフリカのチユニスのバスツール研究所で齧歯動物の一種 Gondi から発見した原虫で,此れを Toxoplasma  Gondii と命名爾来各地で各種の動物に見られ夫々宿主に依って別名が与えられて居り人のものは T.hominis と呼ばれている。併し何れも形態的には区別出来ず,又動物相互間の感染は可能で種々の点で同一種と見放す事が至当であろうと考えられている。此のトキソプラズマ原虫による疾患は哺乳類及び鳥類にその寄生虫が証明され,特に人体感染例並に家畜家禽の感染が証明される様になり,重要な人獣伝染病として注目を牽く様になったが,我国でも動物に於ける自然感染例は1939年平戸氏が狸に於て,又1947年浜田氏が犬に於て観察しているが,特にトキソプラズマが筋肉に寄生し乳汁に排泄される事実から乳肉食品衛生の課題として,公衆衛生上の問題に発展しつつある現状である。

 トキソプラズマの形態は原虫分類上大略胞子虫に属し,その遊離虫体は三日月型,尖った三日月型,半円型,鎌型,西洋梨型,細めの卵円型の形態が認められ,大きさは大体幅2−4μ長さ4−7μで明らかに一端は鋭であり他端は鈍である。此の形態観察にはマウス腹腔液の塗抹標本を湿潤のままか,或はメタノール固定,ギムザ染色したもので核は赤く原形質は帯青桃色に染まる。核は虫体の鈍端に接近して位置し核と鋭端との間に染色顆粒が見られることがある。トキソプラズマの宿主細胞の原形質内の虫体が集団して存在することが虫体が正に遊出しようとする像も認められる。

 寄生部位は種々なる臓器及び組織の網状内皮細胞であるが,時に大単核細胞,神経細胞,筋繊維,体液にも見られる。細胞内での増殖は縦に二分裂して行われ有性生殖はないものと解されている。培地での増殖は不能だが組織培養,鶏卵培養は可能で動物実験にはマウス脳内及び腹腔内注射が行われている。研究室内での系統保存は動物接種,鶏卵接種によるが,マウス腹腔内接種では3−4日で腹水を生ずる。此の腹水中の T.p. 原虫が感染実験並に色素試験,血清反応の抗原に用いられる。

 此のトキソプラズマは,如何なる方法によって人から人へ又動物相互間にそして動物から人に伝染するのかは未だ解明されていないが,多くの文献からほとんど全世界に分布し且つ極めて広範囲な種類の宿主に寄生することは確実とされている。肉或は乳中の原虫の証明で乳肉衛生上の新課題となりつつあるし,節足動物による媒介も一応考慮されている。

 当衛研生究所に於ても伝研から原虫 Albert  B.Sabin    U.S.A.Cincinnati    Children's  Hospital  Foundation  で分離した  Toxoplagma  Gondii  R.H.strain  の分与を受け動物実験並に人体に対する皮内反応,色素試験,補体結合反応を実施している。

 皮内反応は虫体成分を用いてツベルクリン型皮膚反応を観察しようとするもので,伝研製  Toxoplasmin る0.1cc皮内注射後48時間に発赤を検し,10mm以上を陽性と判定した。年令の進行と共に陽性例の増加が見られる。

 色素試験は Sabin-Feldman  の色素試験方式にほぼ従った。結果は表の如くであるが皮内反応との間の関係は,かなり良く一致するものといえる。

 補体結合反応は  American  Medical  School  Method  に従った。結果は表の如くであるが前両試験との間に相関関係が認められた。

 病理組織学的に兎3例についての所見は第一例にて,肝に亜慢性の間質炎がかなり著明であり,胆管並びに潤管の新生増殖があり小葉間結合織は稍増加している。炎性細胞は主に淋巴球,単球よりなり,極く少数の形質球を混ずる。脾は濾胞が稍々肥大せるところもあるが一般に淋巴球の消耗が著しい。濾胞周囲に限極性の変性並に壊死巣が多数出現している。心臓には著変がない。肺は一般に膨張不全性で含気量に乏しいが,その外に著変はない。腎臓には著変なし。淋巴腺では淋巴洞は著しく拡張し剥離内皮,単球,プラズマ細胞等の炎性細胞並にその変性核片を入れ洞カタールの像を呈する。限極性の変性並に壊死巣が出現している。

 第二例には第一例と同様間質炎あり,小葉周辺部の肝細胞は変性像を呈するものが少くない。小葉内には限極性の変性並に壊死巣が多発している。此の壊死巣は Toxoplasma  がそこに停留又は増殖して形成されたものと解される。脾は第一例と同様なるも限極性の変性並に壊死巣の形成が稍々著明である。此の壊死巣並に内部の一部には繊維芽胞増殖して結節状を呈するものもある。心臓に著変なし。肺は限極性の結節形成が散見される。この結節は中心部に壊死巣があり周辺部に繊性芽細胞,繊維細胞,淋巴球,単球等よりなる。浸潤並に増殖細胞の集簇巣である。腎には著変なし。淋巴腺には淋巴洞拡張して内に剥離上皮並に単球,形質細胞等の炎性細胞を充たし,洞カタールの像を呈する他,限極性並に壊死巣の形成が見られる。

 第三例にては肝は第一,第二例と略同じで,肺も略第二例と同じ,腎には著変なし。顎下腺著変なし。淋巴腺には濾胞が著しく肥大増生し反応中心が明示され,洞は拡張して内に多数の炎性細胞を入れ,単純性淋巴腺炎の像を呈する。炎性反応は濾胞周辺に殊に著明である。他の淋巴腺には比較的拡範なる変性並に壊死巣の形成が認められている。

 上述の如く本病は欧米同様我が国に於ても原虫の浸入が広範囲に起りつつあることが確実になった今日,特に新しい人畜伝染病として公衆衛生上,乳肉食品衛生管理者並に動物管理者,臨床家の注意を喚起し,今後における此の方面の関係者に細密な観察と本病撲滅対策の確立とを待望する次第です。