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岡山県獣医畜産学会 研究発表特集

(3)異型乳熱と思われる病

岡山県農業共済連合会児島支部 高取誠

 所謂酪農ブームと有畜農家創設事業とが相まって近年急激に乳牛飼育者が増加して来たがそれと正比例してこれら疾病も漸増し,なかなか複雑な型態として現われ我々技術者もこれが診断治療にあたっては相当の研究を必要とするものが多くなってきたように思われる。

 これから発表する疾病は異型の乳熱と診断治療した二例についてであるが,従来の成書には乳熱は(1)極て栄養佳良の泌乳能力の高いもの(2)第三産−第五産で(3)分娩極て容易に経過したものが有力な素因となり大体産後3日以内に突発し稀に分娩前,分娩中或は数日を経過して発し体温の下降を特徴とすると書かれてあるが,ここで強調したい事は乳熱は必ずしも栄養佳良な乳牛でなくても又,産褥期ばかりでなく,体温の下降を必ずしも特徴としないと言うことである。僅かな症例ではあるがここに体験を発表し皆様の御批判を仰ぎたいと思う。

[症例]

第一例 2月6日発病,ホルスタイン雑種7才,産歴3産

禀告 7ヵ月前牡犢を正常分娩以後正常に経過し最高乳量1斗5升,発病前日は9升を搾乳す。今朝より食欲不振,乳量稍々減少,元気に乏しい。

現症 第一病日(2月6日)夕方5時往診,体格大,栄養中下,被毛光沢を欠ぎ元気沈衰,T38.2P70R35瞳孔散大,結膜の貧血無し,胃腸蠕動微弱で少量の乾草を食す程度。起立困難で歩行を好まず。安ナカ10cc,ワゴスチグミン10◆皮注。リンゲル氏液500ccザルプロ200cc静注。健胃剤を投与し経過をみる。第二病日(2月7日)午前5時頃畜主より症状悪化の連絡あり。6時半往診,T36.4◆心搏動は細弱頻数で殆ど聴取出来ず,起立不能,失神状態で頭頚を伸張し鼻を糞中に突込んでいる。皮温不正,眼反射無し。安ナカ20cc,リンゲル氏液1,000cc葡萄糖20300ccVB100ngを混合静注。午前8時第一回乳房送風。送風後2時間余りで体温上昇し始め午後2時にはT38.4◆失神状態も恢復し周囲の音に注意をはらうようになった。ここで第2回乳房送風を実施したが,下側2分房に送風を終ると同時に起立。全身の束藁摩擦により●搦も次第に快復。その後治療なくして3日後には殆ど正常となり,6日後には5升余りを搾乳出来るようになった。

第二例 30年3月25日発病、ホルスタイン種,6才,産歴5産(2産は5ヵ月流産,4産5産は死産)最高乳量1斗8升

禀告 2月10日牡牝を死産,その後正常に経過。発病前日(3月24日)夜搾乳時には異常を認めずその日の搾乳量も1斗3升であった。翌25日朝飼の際起立不能,食欲飲思廃絶し,時として呻吟するを発見した。

現症 第一病日,(3月25日)午前11時往診,体格大,栄養は不良,被毛光沢を欠ぐ。右側臥で頭を圧え屈曲し乳熱の特異姿勢をとる。眼反射無し。皮温の不正著明でなく,全体として熱感あり,T39.5◆呼吸速迫,脈膊頻数細弱で聴取困難。勿論失神状態で居眠りをしているようである。安ナカ10cc皮注,ザリブロ200cc,リンゲル氏液1,000cc,VB1100mgを静注。午後0時30分乳房送風午後1時T39.9◆に上昇,午後2時T39.9◆で頭を伸し眼力稍恢復し足音に注意をくばるようになる。以後次第に意識も恢復。午後2時半過ぎ自力で起立す。以後経過極めて良好で食欲元気共に恢復し1時間後には青草を採食し何んら治療を行わずして3日後には6升程度を搾乳し2週間後には正常に恢復。

[結言]

 以上2例は果して異型の乳熟であったかどうかは判然としないが一応乳熟と診断し幸いにして治癒したものであるが,第一例に於ては分娩後既に7ヵ月を経過し栄養普通以下,泌乳能力は普通であり,第二病日に至り初めて乳熱の症状を現わしたこと。第二例はT39.5◆−39.9◆で平熱より高く栄養悪く痩削が目立ったこと等により特に異型と呼んだ次第である。

 以上二例はいずれもケトン体の検出も行わず唯自分の乏しい経験と単なる臨床所見のみで診断したことは誠に心細い次第であるが一番問題とされる乳熱型ケトージスとの類症鑑別は次の要領で行った。即ち

(1)失神麻痺状態は乳熱の必兆であるがケトージスに於ては麻痺状態に神経症状を伴うとされている。

(2)乳熱の場合眼反射は全然無いがケトージスに於ては鈍る程度ではないか?

(3)乳熱は殆ど突発的であるが,ケトージスに於ては大なり小なり食欲乳量の漸減がみられるのではないか?

 以上最近体験した疾病二例について発表し愚見を述べて諸兄の御批判御指導を仰ぐ次第である。この発表を終るにあたり発症の同時に連絡いただき立会の機会を与えて下さった児島酪農組合に深く感謝する。