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岡山県獣医畜産学会 研究発表特集

(4)牛の尿素中毒

都窪郡妹尾町 開業 林 卓夫

一.緒言

 家畜の飼料は蛋白質が兎角不足勝ちであるので,現今畜主により之を補給せんがために,尿素がその一助になっておる。哺乳動物は蛋白質及新陳代謝の結果窒素とアンモニア化合体即ち尿素の形態で排泄される。そこで尿素は体内に長く保留出来ない不要物であるが,多胃動物に飼料を給与すると,蛋白質として価値がある。併し給与方法の不適宜に依り中毒を惹起する事がある。私は偶々この例の牛を診察したので,その大要を報告する。

二.尿素の概要

 尿素は窒素45%の無硫酸根N肥料で粗蛋白質は281.3%である。これが反芻獣に与えると何故蛋白質の代源になるかと言うと,第一胃に棲息する微生物即アミーバに似た原虫は,尿素を窒素源として分裂増殖する。これは体蛋白増加を意味し,動植物仲間の「中性蛋白課でアミノ酸組成も高く価値がある。そこで尿素は直接栄養分給与でなく,胃内の微生物に好餅の栄養分を与える事が解る。併し尿素を微生物の同化作用の飽和以上量を与えた場合,又飼料と混合して与えると,第一胃微生物は飼料中の粗蛋白質を最初に利用し,その後尿素を利用する為,水に溶解或はドブ餌等にすると,胃内に停滞して,微生物の作用を受けず直接34胃に移して,血液中に吸収中毒症状を起す。何れにしても「尿素血中過多現象」となり中毒を引起す。これを「アンモニウムカバアメイト」呼ぶ。

三.患畜

 都窪郡早島町,溝手光夫,黒毛和種,牝,3才,体高3.9尺,昭29年3月29日。

四.禀告

 栄養不良の為或程度の肥育目的で1ヵ月半前より,尿素日量3.40匁を給与しておったが,本朝は目算で然も一度に桶で麩汁に混入給与した。約1時間10分後朝食して牛舎に来ると,牛は横臥苦悶の状甚しく診を乞わした。

五.現症

 患畜は左側横臥,全身痙攣4肢伸長前後にもがき,発汗甚しく,結膜紫色充血する体温36.8度皮温不正,脈膊56心悸乱雑遅速定型でなく,呼吸52速迫呼気に力を要し困難,腹部は膨満肛門粘膜は反転突出,患畜を右側臥に反転第一胃運動絶止ガス充満す。

六.治療

 全身の痙攣甚しく掻擾するので,四肢を縛束施療に着手した。先ず治療方針は原因療法(1)血中尿素毒物除去,(2)解毒,(3)消化管内の毒物除去,対称療法,(4)興奮痙攣の鎮静,(5)循環器障害の処置,(6)体温降下の処置,(7)醗酵ガスの排除である。そこで項目別に治療を簡記すると,(1)約1.5リットルの瀉血,安ナカ加リンゲル氏液2,000cc静注,(2)潅腸,塩類下剤或は胃洗浄は掻擾の上毒物の胃腸への移行を助長して症状悪化を恐れ中止した,(4)硫マ25g100ccリンゲル氏液溶解皮注(5)生理食塩水500cc,葡萄糖200cc安ナカ,コンビゲン混静注,(6)四肢腹部に取敢ず席を被覆,(7)穿胃術で醗酵ガス排除堆肥様臭気があった。

七.経過

 自午前9時至午後4時半の治療で,此の間の症状を全期として述べる。治療中の(1)(2)(4)の治療を行った頃の中期に至り,苦悶症状が去って,痙攣も稍緩和されて来たが,腹部は膨満呼吸困難を認めたので,穿胃術を行い四肢縛束をといてやった。中期の終り頃より痙攣は緩和され,呼吸稍正常になり青麦2−3本を採食した。後期に至り心機も漸次整調化したが健調にくらべれば,未だ程遠いが此頃一先ず喜びを語り合った。患畜は依然横臥のため藁束を腹側に副えて伏臥を常姿勢をとった。第二病日患畜は起立,牛舎内は堆肥臭が強く,軟泥状糞を排出,日頃の半量弱の食欲があって,体温38.8度脈膊47呼吸29で一般症状の軽快を認めた。処置はリンゲル氏液1,000cc安ナカ,コンビゲンの混静注及強力ミノフアーゲン30cc皮注,内服薬として,稀塩酸,苦味丁幾アルコール合剤を投薬した。

八.結言

(1)尿素中毒は吸収も相当早く,短時間に中毒症状を現わす。(2)尿素は元来冷涼な苦酸味を有するが,特異臭気がない為一時に多食する故盗食等を避け取扱に注意を要する。(3)一日量は濃厚飼料に3−3.5%以下の混合を限度とし,2−3回分与すると共に,体重kg当り0.5g以下に留める。(4)給与方法は水に溶解或はドブ餌として与えず,炭酸カルシウム等を配合し,水は1−2時間後に給水する。又荳科植物の様に尿素を分解する「ウレアーゼ」のあるものは,その併用を避くべきである。(5)塩類下剤の投与は実施しなかったが,中村良一先生はその使用を強調しておられる。私も実際には塩類下剤の必要があるものと考えられる。(6)硫酸アトロピンの応用は効果があったと認められ,又解毒剤として肝臓製剤,ビタミンC及びハイボ療法等を行うと一層結果が得られたと思う。