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岡山県獣医畜産学会 研究発表特集

(5)創傷性胃横隔膜炎の臨床例

岡山県中川家畜保健衛生所美星支所
大月太郎 守屋典彦

 反芻獣の創傷性胃炎,胃横隔膜炎につい最近非常に関心が昂まりこれの治療も第一胃切開手術により異物を除去し治療出来る事は周知の事実であります。我々も最近若干の治験例を得ましたので総合的にその経過を報告し緒賢の御指導を仰ぎたいと存じます。

 臨床例としまして,禀告は第1表の如く鼓脹症,胃食滞,或は疲労等と畜主の禀告は種々様々で発病時の状態も一様でありません。中には使役時疼痛を訴え使役を拒むものや又第三例の如く腹帯をしめる時呻吟するもの等がありますが一般に食欲不振の状態等は早いものでは翌日或は2日目位でその状態の消失するものが非常に多い様でありますが疼痛症状等は依然として残っています。初診現症は,食欲反芻共に概して不振,時に廃絶,元気沈衰す,体温は正常又は微熱にして呼吸の速迫しているものもあるが,聴診に際して循環器,呼吸器に著変なく胃腸の運動も著しい減退は認めず時に第一胃に軽度のガスを蓄積しているものもある。次に診断については第2表の如く@第二胃部の圧診による疼痛,即ち左側第五第六肋間,特に肋骨肋軟骨の接続部附近にある凹窩へ親指を指の内側より挿入する如く圧すると強く呻吟す,或は左前肢又は後肢にて術者を蹴るか体位を変ず,横臥時に行うと飛び起きる場合がある。又右側第五第六肋間でこの状態の顕著な事もある。A背椎棘突起上部の圧診による疼痛反射(親指と示指で摘む)第三−第六胸椎間に於ける強い反応があり,即ち摘んだ時背を下げ又同時に呻吟不安姿勢を呈する。B横隔膜附着部の打診による疼痛。C体動を嫌い坂道の下降に際し疼貌を表わす,呼吸に伴い呻吟している場合もある。以上4項目は我々の経験したものでは,その強弱はあれど何れの場合も大体陽性であったので1回の診断で決定した。手術及び経過,手術は全部診断の翌日行った。器具は木全先生考案のものを使用しました。術式は第3例迄は概むね我流で行っていましたが,第4例より宮沢正憲氏の第一胃切開手術を基礎として行いました。宮沢氏も述べておられる如く腹筋の切開は全層同線に鋭性切開する事なく鋭,鈍,鈍の順序で切りました。即ち第一筋層(外斜腹筋)は切皮線と同じ部位を稍々短く鋭性に切り第二第三筋層(内斜腹筋,横腹筋)は筋繊維に沿って,鈍性に開いた。この方法が前者に較べ血管を避ける事が出来たので出血少量ですみ縫合も綺麗に行えました。異物の除去は相当時間をかけ他臓器の傷害の有無,横隔膜との癒着部位及びその状態等を厳密に行った。術後の飼養管理はその経過により多少異ったが大体翌朝迄は絶食とし後は状態に応じて漸次旧に復する様給与し,抜糸後は術前とほぼ同様に与える様にし

(第1表)稟告
種 類 年 令 産次 妊・不妊 稟          告
1 黒毛和種  5才 2 5ヵ月 4日前使役したところ翌日から次第に食欲が減退し,昨夕刻与えた飼料残食,今朝殆ど食欲なし。
2 4 1 不妊 1ヵ月程以前より農耕に使うと元気なく歩様蹌踉となり次第に栄養衰え昨晩より食欲不振反芻減退す。
3 6 3 2ヵ月 昨日夕刻より食欲廃絶元気なし,6月中旬の農耕中腹帯をしめる時3回程呻吟した,飼料充分与えるのに肥えない。
4 ホ,種 6 2 予定日経過 分娩予定日が来ているのに娩出せず,3日程前から食欲急減反芻減退したそれ迄はよく食う牛であった。
5 黒毛和種 3 0 不妊 3日前から食欲減退し放牧中群を離れ元気なく運動を好まず。
6 5 1 6ヵ月 昨日午前11時頃軽役に使用後,食欲廃絶,今朝より食欲恢復するも元気乏しい。
7 5 1 9ヵ月 今朝より食欲不振,左前肢跂行する。

 総括としまして,第1,3,4,7例の如く明らかに胃横隔膜炎であり鶏卵大の腫脹を認め胃壁と横隔膜の癒着しているものが,術後の食欲出現は稍々遅いが抜糸時には健康時と同様の食欲があり,又胃の運動も旺盛となった。第2,5,6例は胃炎のみでその経過も胃横隔膜炎のものより良好であった。第4第7例の如く分娩予定日を経過したもの或いは分娩直前のものも術後5日目に分娩し親仔共に元気であったのは大した収穫でありました。

 我々の行った7例では幸いに何れも障害となった異物がその一部或し全部第二胃内にあり,それを除去する事により総てが恢復しました。

 この手術例以外に4頭の牛を畜主の意見で何ら処置する事なく屠場へ送ったが,生前診断は前述の如く行い,これが正しかった事を屠場に於いて確認した。又或る一例では第二胃より横隔膜を抜け左心室に約6寸程の竹箸が刺入していた。異物刺入部には多量のフイブリンの出現はありましたが化膿巣は認められなかった。生前の聴診に際し心雑音が聴取され第2音は分裂していた。

 畜主の無理解により前記の如く診断が確定しているのに処置せず肉に落す場合がこれから先もある事と思われますが,これは日常の衛生指導により知識の啓蒙を計れば解決される問題であると思っています。

 又我々臨床獣医師としましても創傷性のものは病状出現より翌日或は2−3日後に於いて全く病状の消失するのものも見受けられますので余程慎重に診断し早期に処置せねばならぬと痛感致しました。

(第3表)手術時の所見
異 物 の 数 及 状 態 第2胃の状態 備    考
1 針金 1 14番線
長さ12p
胃横隔膜刺入 異物刺入部の横隔膜と癒着
3 1.8寸 遊 離 腫脹(鶏卵大)
0.5寸
2 木綿針 1 胃腹壁刺入 刺入部側腹と癒着
ボールトナット 1 4分 遊 離
3 4 2寸 内3胃壁刺入 木綿針刺入部鶏卵大の腫脹 術後稍経過が遅れたが癒着による障害を認めず
3分
木綿針 1 胃横隔膜刺入 横隔膜と癒着
10銭アルミ貨 1 遊 離 圧すれば疼痛あり
4 針金 21 12番線
長さ5t
胃及横隔膜刺入 広汎に粗に癒着 術後第5日目に分娩 予後良
15
代用釘 2 1.5寸 遊 離
鉄片 1 遊 離
5 針金 2 14番線
1寸
胃壁刺入 癒着せず
釘用物
(ラジオ部分品)
1 1.5寸 遊 離
6 1.2寸 胃壁刺入
10  円  貨 各1 遊 離
5円貨
7 5 2寸 胃壁及横隔膜刺入 横隔膜と癒着 腫脹 術後第5日目に分娩予後良
1.8寸
1寸