既刊の紹介岡山県畜産史

第1編 総論

第2章 明治,大正時代における畜産の発達

第3節 岡山県産業調査書

 岡山県内務部は,大正9−11年(1920−22)の間,詳細に県の産業調査を実施し,同12年(1923)に『岡山県産業調査書(現況の部)』および『同(将来計画の部)』を発表した。この中の畜産の項目を見れば,当時の畜産の状況が克明に分かるので,次に現況の総判定と将来計画とを摘記することにする。(注1 句読点をつけ一部当用漢字としたほかは原文のまま)  

1.現況の総判定

(1)畜牛

 牛ハ,南部各郡ハ野草ニ乏シク,藁桿類モ亦工業用副業用材料トシテ利用セラルルコト多ク,従ツテ,粗飼料極メテ少ナク,且ツ農用発動機ノ応用漸ク普及セムトスル今日,家畜飼養ノ利甚ダ薄キガ如キ感アレドモ,農業経営上肥料ハ金肥ニノミ俟ツヲ得ザル可ク,家畜飼養本来ノ目的タル畜力,採肥,肥育,生産,乳汁ノ利用等ノ点ヨリ観ルモ,従来単ニ肥料トシテ施用セラレツツアル濃厚飼料(大豆粕其ノ他採油類,緑肥用作物,糖類等)ノ閑却サレタル飼料価値ヲ転用シ,乳肉ノ造成,自給肥料ノ増加ヲ図ルコトハ敢テ困難トセザルノミナラズ,最モ集約的ニシテ然モ時宜ニ適シタル経営法ト謂フベシ。殊ニ,乳牛ニ在リテハ,従来乳汁利用ノ途ナク,之ガ飼養ハ単ニ育成に止マリシモ,最近邑久煉乳会社ノ事業開始サレタルハ,乳牛飼養者ノ一大福音ニシテ,将来ハ育成業ニ兼ネ,乳汁ノ利用ニ依リ,一層改良増殖ノ実ヲ挙グベキ要アリト認ム。
 中部ニ在リテハ,家畜ノ数ト農家数及耕地反別トハ稍々均衡ヲ得タルガ如シト雖モ,之ヲ地方別ニ見ルトキハ,上房,後月両郡ノ外ハ多数ノ畜牛ヲ擁シ乍ラ,徒ラニ畜力ト肥料トニ其ノ利得ヲ俟ツノミ。宜シク牡牛ハ牝牛ニ代ヘ,牝牛ハ生産ニ従事セシメ,増加育成ヲ奨励シテ家畜飼養ノ本則ニ従フベキナリ。
 北部地方ニ於テ古来,千屋牛,新庄牛,奥津牛,加茂牛,高山牛ノ歴史ヲ有スル咸(みな)一ツニ放牧スベキ広●ナル原野ヲ存スルニヨル。北部主要産地ニ於テ如斯多数ノ畜牛ヲ飼養育成スルニハ,牧野ヲ要スルコト亦言ヲ要セザルモ,山林原野ノ利用重要視セラルル今日,牧野ノ濫用ヲ許サザルガ故ニ,勢ヒ之ガ施設整理ヲ集約ナラシメザルベカラズ。一面,尚,比較的多数飼養セル牡牛ヲ牝牛ニ代ヘシメ,資質ノ改善ト共ニ生産率ノ向上ヲ図リ,併テ販売機関ノ完備ニヨリ,生産地トシテノ要件ヲ具備セシムルハ当然ニシテ,且ツ緊要ノ事ト謂フベシ。
 以上ハ,各地方ニ於ケル大要ノ帰趨ヲ示シタルモノニシテ,尚之レヲ県下一般ノ状況ニ観ルニ,牝牡ノ比ハ二ト一ニ当リ,生産率ハ繁殖牝牛ノ52%強,牝牛総数ノ25%弱ニ相当ス。即チ,不生産的ナル多数ノ牡牛ヲ飼養スルノミナラズ,生産率亦著シク低位ナルガ故ニ,一般的ニ牝牛ノ飼養ヲ奨励シ,生産ノ増加ニ努ムルト共ニ,資質ノ向上ニ関シテハ曩(さき)ニ示シタル備作種標準体型ニ則リ,改良ノ実ヲ挙グベキナリ。

(2)馬匹

 本県ノ馬匹ハ,畜牛ニ比シ僅カ7%ノ飼養頭数ニシテ,単ニ飼養頭数ヨリ見レバ,極メテ貧弱ノ感ナキニシモアラザルモ,農耕用ニ輓駄用ニ相当有益ニ使用シ,年々飼養頭数増加ノ趨勢ヲ示セリ。今之レヲ総数ニ観ルモ,明治四十年(1907)5,000頭ハ,現下ノ8,000頭ニ達シタルニ徴スルモ,確証スルニ足ルベシ。然ルニ生産状態ハ依然200頭ヲ出デザルガ故ニ,其ノ所要ノ大部ハ之ヲ他県ニ俟ツモニシテ,南部数郡ニ於テ一ケ年ノ移入1,000頭ヲ超ユル状況ニシテ,本県産馬ノ政策上,決シテ等閑ニ附スベキモノニ非ラザルヲ知ルベシ,殊ニ輓近,隣県ノ産馬ハ長足ノ進歩ヲナシツワアルヲ以テ,古来ヨリ名声嘖々タリシ大井野馬ノ如キ殆ンド価値少ナキ状態ヲ示セルハ極メテ遺憾トスル処ナリ。之ニ依リ考フルニ,本県産馬ハ生産ニ資質ニ改善ノ余地綽々タルモノト謂フベク,甚大ノ注意ヲ払フニアラザレバ益々移入ヲ増加シ,且ツ永久劣等種ヲ以テ終ルニ至ラム。之レ最モ戒心ヲ要スベキ点タリ。
 幸ニ国有種牡馬ノ派遣種付ト長期貸下種馬アルヲ以テ,一層之レガ増加ヲ得テ,種馬ハ全部国有ニ俟ツルコトトナシ,改良ノ方針ハ馬政局ノ指示ニ基キ,小格輓馬級ヲ標準トシ,北部生産地方ノ牝馬ハ,可成的繁殖兼用ヲナサシメ,従来ノ生産能率ヲ一層亢進セシメ,近キ将来ニ於テ,県内馬匹ヲシテ自給自足ノ域ニ達セシムルノ要アリ。

(3)養豚

 養豚業ハ,農家ノ副業トシテ経営容易ニ,且ツ飼養頗ル単順ナルト,一面豚肉ノ需要亦逐増シ,従ツテ相当収益ヲ挙ゲ得可キ見込確実ナルガ故ニ,農産及庖厨ノ,残滓物ノ如キ,養豚飼料トシテ多量ノモノヲ利用シ得ベキ地方ニ於テハ,交通運輸ノ便否ヲ考慮シ,養豚組合ノ施設ト相俟ツテ,大ニ増殖奨励スベク,殊ニ種豚ノ良否ハ,飼養上影響スルトコロ極メテ大ナルヲ以テ,種畜場ニ種豚ヲ飼養シ,其ノ生産ニカカルモノヲ種豚トシテ団体ニ払下ゲ,品種ノ改善ト血液ノ更新ヲ図ルノ要アリ。

(4)緬羊

 緬羊ハ,欧州大戦ノ影響ニ徴スルモ,毛織物ノ生産自給ノ緊要ナルハ更ニ言ヲ要セズ。而シテ羊毛加工品ノ需要激増ヲ来セル今日,政府ノ奨励方針ト相俟シテ,一般ニ普及セシムルハ,農家副業トシテ最モ有利且ツ有意義ノコトト謂フベキナリ。

(5)山羊

 山羊ハ,近時牛乳ノ栄養価値益々一般ニ周知セラルルニ従ヒ,之レガ代用品トシテ山羊乳ニ俟ツモノ漸ク多キヲ加ヘツツアルハ自然ノ趨勢ニシテ,牛乳ヲ得難キ地方ニアリテハ,殊ニ少量ノ飼料ヲ以テ容易ニ飼養シ得ベキニヨリ,状況ニ応ジ,自給ノ範囲ニ於テ飼養増加ヲ図ル要アルモノト認ム。

(6)養鶏

 県下養鶏業ノ実況ニ徴スルニ,北部ニ於テハ概シテ現状ヲ以テ当分適当ト認ム可キモ,南部ノ如ク斯業隆盛ニシテ,対外的関係深キ地方ニ在リテハ,時代ノ経済的影響ヲ受クルコト甚大ナル副業ナルガ故ニ,益々其ノ発展ヲ図ルト共ニ,爾今,一層健実ナル発達ヲ期スルガ為メ,経営ヲ共同組織タラシメ,併テ種禽場ノ設置ト相俟ツテ,従来使用サレツツアル雑駁ナル鶏種ヲ統一シ,卵鶏共ニ商品的価値ヲ増進セシムル要切ナルモノアリト認ム。

(7)牧野および貯蔵飼料

 優良ナル家畜ノ造成ニ方リ,其ノ目的ノ役力ニアルト乳肉ニアルトヲ問ハズ,良好ノ飼料ト牧野トハ必須ノ要件ナリトス。本県産牛馬ノ強健温順ヲ以テ夙ニ名ヲナシタル所以モ亦北部地方ニ之ノ要件ノ存シタルニ因ル。然ルニ,之ヲ現下ノ状勢ニ鑑ミルニ,著シク狭隘ヲ来シ,主要産地ニ於テ殊ニ此ノ傾向ヲ呈シタルハ,畜産上洵ニ等閑ニ附スベカラザル問題ナリ。
 而シテ,畜産業ノ死活ヲ制スル牧野ニ関シテハ,可及的広●ナルヲ以テ家畜育成上有利ト為スト雖モ,将来,植林開墾事業ハ,其ノ粗漫ナルヲ許サヾルガ故ニ,之レ等ノ事業ニ対シ調和アル方法ヲ採ルト共ニ,最モ集約的ニ之ヲ利用シ,以テ林牧両全ノ途ヲ講ジ,本県産牛馬ノ放牧ニヨル特質ヲ発揮セシメ,且ツ,生産費ノ低減ヲ図リテ,産畜業ノ経済的発達ヲ期スルハ目下ノ急務ナリト謂フベシ。因ツテ,埋蔵飼料ニヨリ飼料ノ補給ヲ円滑ナラシムルト共ニ,牧場ノ設置並ニ整理ヲ,或ハ地方ノ状況ニ応ジテ牧場組合ノ組織ヲ奨励シ,以テ此ノ目的ニ副ハシムルニ遺憾ナキヲ期シ,一面,牧野試験ヲ行ヒテ,其ノ成績ヲ考査シ,其ノ帰趨ヲ明カニセントス。  

2.将来計画 

(1)方針

 @改良増殖を図ること,A飼料および牧野の充実改善を図ること,B販売機関ならびに利用法の改善普及を図ること,C畜産思想の涵養を図ること,および,D組合の設置ならびに振興を図ること。

(2)施設事項

1.改良増産
 @生産増殖(飼養頭数の増加と子畜生産の増加)および,A種畜種鶏の充実(種畜種鶏種卵の委託払下げ,優良種畜の奨励および種畜種鶏改良施設奨励)
   経費概算 種畜種鶏の充実費(1カ年分) 100,050円(現在11,000円,増額89,050円)
 B個体資質の改善(備作種の造成,能力の増進,血統体型能力の登録,個体改良試験,共進会,品評会の開催および去勢の奨励)
  経費概算 個体資質の改善費(1カ年分) 30,660円(現在2,495円,増額28,165円)
 C保健衛生施設の完備(家畜衛生思想の宣伝,家畜伝染病予防制圧,家畜共済施設の奨励,家畜保健衛生施設の奨励,厩舎の改善および技術員設置)
  経費概算 保健衛生施設完備費(1カ年分) 21,850円(現在5,306円,増額16,544円) 

2.飼料および牧野の充実ならびに改善
 @牧場の設置ならびに整理奨励,A牧場組合設置奨励,B飼料作物の栽培ならびに野草の改善,C埋蔵飼料の普及,D肥料用粕類ならびに緑肥の利用,E牧野に関する試験および,F技術員設置。
  経費概算 飼料および牧野の充実改善費(1カ年分) 11,680円(現在5,000円,増額6,680円)
  内訳 牧場設置ならびに整理奨励費 5,000円,牧場組合設置奨励費 1,000円,埋蔵飼料の奨励費 1,000円,牧場に関する試験費 1,000円および技術員設置費 3,680円  

3.販売機関ならびに利用法改善普及
 @販売消費機関の改善(家畜市場ならびに屠場経営奨励,乳肉販売消費施設奨励,家畜市場の利用,糶売(てきばい)の励行,牛馬商組合振興および技術員設置)
  経費概算 販売消費機関の改善費(1カ年分) 43,820円(現在2,700円,増額41,120円)
 A家畜ならびに畜産物利用の普及(酪農事業奨励,畜産物加工事業奨励,畜力利用の普及,乳肉調理法の改善普及,肥育試験)
  経費概算 家畜ならびに畜産物利用普及費(1カ年分) 27,620円(現在28,000円,減額380円)  

4.畜産思想の涵養
 @講習講話ならびに宣伝,A模範村設置,B少年畜産会設置,C功労者表彰,D技術員設置および,E畜産技術員および実務者の養成。
  経費概算 (1カ年分) 1,690円(現在45円,増額1,645円)
   内訳 講習講話ならびに宣伝費 1,300円,模範村設置費 300円および,功労者表彰費 90円  

5.組合の設置ならびに振興
 @畜産組合設立振興,A連合会振興,B羊豚鶏共同施設奨励および,C技術員設置。
  経費概算 組合設置ならびに振興費(1カ年分) 40,520円(現在3,230円,増額37,290円)
   内訳 羊豚鶏共同施設奨励費 600円,技術員設置費 39,920円