既刊の紹介岡山県畜産史

第1編 総論

第3章 昭和前期における畜産の推移

第5節 畜産施設の整備

1.県関係施設の変遷

(1) 行政機構の整備

 昭和3年(1928)7月10日,内務部の農政,農産二課が統合されて農務課となり,この中に畜産は包含されていた。同7年(1932)8月3日,深刻な農村不況に対応して,農山漁村経済更生ならびに事局匡救事業を管掌する臨時農村振興課が設置されている。昭和10年(1935)経済部が6課をもって設けられたとき,畜産は農務課内にあった。
 昭和15年(1940)4月8日,経済部に畜産課が新設された。その時の分掌事項は次のとおりであった。

    1.畜産組合其ノ他畜産団体ニ関スル事項
    2.家畜保険ニ関スル事項
    3.家畜市場及家畜商ニ関スル事項
    4.獣医師及装蹄師ニ関スル事項
    5.有畜農業ニ関スル事項
    6.家畜飼料ニ関スル事項
    7.家畜家禽ノ改良増殖及利用ニ関スル事項
    8.家畜家禽ノ検定登録検査ニ関スル事項
    9.畜産品ノ生産ニ関スル事項
    10.家畜衛生ニ関スル事項
    11.畜牛結核予防ニ関スル事項
    12.馬事及牧野ニ関スル事項
    13.種畜場ニ関スル事項
    14.其ノ他畜産ニ関スル事項

 昭和17年(1942)2月,食糧課が新設され,鶏卵,食肉などの統制は,この課で行なわれた。
 昭和19年(1944)7月8日,県機構は決戦体制に改められ,畜産課の属する部は,経済第一部となった。

(2) 県出先機関の変遷

 大正15年(1926),郡役所の廃止に伴い,同年8月に阿哲支庁が置かれた。これは,昭和3年(1928)伯備線の全通により避地性が消滅したので,7年(1932)4月1日廃止された。
 昭和17年(1942)7月1日には,かねて懸案となっていた地方事務所が県下16カ所に設置された。
 この年代における種畜場関係について見れば,まず,昭和14年(1939)通常県議会において,岡山種畜場移転の議が可決された。しかし,戦時中ついに実現することなく,戦後24年(1949)になって,御津郡牧石村三軒屋(現岡山市宿)旧陸軍兵器廠跡地へ移転している。これより先,昭和12年(1937)12月1日づけで,岡山県種畜場千屋分場が独立し,岡山県千屋種畜場となっている。これにより岡山県種畜場は,岡山県岡山種畜場と名称が変更されている。当時の両種畜場の業務分担について見れば,岡山種畜場は乳牛,種鶏,種豚に関するものとし,千屋種畜場は,和牛を主とし,その他馬,めん羊,山羊,兎などとなっていた。

2 畜産関係団体の変遷

 大正4年(1915)8月1日,畜産組合法が施行されると,既設の産牛馬組合は,「畜産組合」と改称された。各郡市畜産組合は,大正末期に18組合となり,昭和5年(1930)1月設立の浅口郡畜産組合をもって,県下19郡市すべてに畜産組合が設けられたのである。異色なのは,昭和4年(1929)5月1日設立された,岡山市畜産組合である。この組合は,事務所を岡山市役所内に置き,おもな業務は岡山常設家畜市場の経営にあった。
 昭和15年(1940)には岡山県養鶏組合連合会が組織されている。
 戦時色が次第に濃厚になるに及び,中央団体においては,昭和16年(1941)8月,中央畜産会が解散して帝国畜産会が設立されている。同18年(1943)3月,農業団体法が公布され,これにより中央においては,帝国畜産会が解散して中央農業会が設立され,地方においては畜産組合は,農会,産業組合,養蚕業組合および茶業組合の4団体とともに農業会に統合されることになり,同年12月18日,岡山県農業会が発足して,県畜産組合連合会はこれに統合された。昭和21年(1946)になって,県農業会に畜産部が設けられた。
 昭和19年(1944)1月には,酪農関係団体が設立されている。すなわち,備前一円を区域とする岡山酪農組合を初め,山陽酪農組合,北部酪農組合が組織され,同時に県段階の酪農組合連合会(任意団体)が発足している。