既刊の紹介岡山県畜産史

第1編 総論

第3章 昭和前期における畜産の推移

第8節 有畜農業の奨励

1 有畜農業の奨励

 昭和6年(1931),「有畜農業奨励規則」(農林省令第16号)が公布され,これに伴って種々の施策が講ぜられるようになった。岡山県では,有畜農業の普及発達を図るため,同年次の目標を定めてその奨励に努めた。すなわち,@耕地5反歩以上の農家は,大動物1頭(または中動物2頭以上)および小動物50羽以上を飼うこと,A耕地5反以下の農家は,数戸共同して大動物1頭(または各戸に中動物1頭以上)および小動物30羽以上を飼養すること,という目標であった。また,農山漁村経済更生計画の樹立実行に当たっても,農会,畜産組合,産業組合その他の産業団体と連携を保ちながら鋭意指導を始めた。このため,それまでの数年間,漸減傾向にあった牛馬および山羊は,昭和7年(1932)を転機として飼養戸数,頭数ともに増加に転じた。ただ,豚は昭和6年(1931)10月とその翌年3月の2回にわたる豚コレラの発生により,幾分減少を見たが,その減少の程度の小さかったのは,有畜農業を奨励したためと見られている。また,鶏の飼養戸数が減少傾向にあるのは,昭和6年(1931)の卵価暴落の影響により,不健全な養鶏家が淘汰されたもので,むしろ喜ぶべき現象であったということであった。
 昭和初期における家畜の飼養概況を示せば次のようであった。

 もともと県北の農家は,和牛の生産に専念するものが多かったが,昭和初年になると,この上に中動物を配して,経営の合理化を図ろうとするものが増加して来た。また,県南部の農家では,従来は春秋2季の農繁期前に牛を購入して,これを使役したあとは,販売または飼育委託をして,通年飼育するものはまれであったが,この年代になると,農閑期を利用して,年数回肥育し,または子牛の育成を行なうなどして,労力の適当な配分と厩肥の増産を図るようになった。
 肥飼料の自給については,かなり工夫をこらし,肥料については厩肥舎の設置,あるいは畜舎の改造を行なって,県の堆肥増産計画(昭和6年の生産量1億3,000万貫,反当104貫を3カ年計画で2倍にする)の遂行に努め,飼料については,飼料作物の栽培,肥料の飼料化,埋草窖(サイロ)の設置等の施設を講ずるものが多くなった。
 畜力利用についても,耕運,運搬用だけでなく,本県のように機械原動機の普及した県においても,なお2,400台の畜力原動機を保有し,効率的に利用するなど,有畜農業は相当普及した。
 しかし,県下の農家戸数16万戸中,その3割は無畜農家であり,その中の3割以上が耕地面積5反歩以上という状態であったので,一層有畜化を奨励するとともに,鋭意自給飼料ならびに経済的飼料の増産利用を奨励して,農畜産物の生産費の低減を図り,畜力利用の範囲を拡大して,労力の配分の適正を期する等,畜産と農事各般との密接な連携により,畜産の健実な発達を図り,併せて農業経営の改善に資することが肝要とされていた。

2 有畜農業実行組合

 本県における畜産に関する実行組合は,592に及び,また,農家小組合中に畜産部をもつものが多数あって,これらは事業範囲を拡大して,単に畜産の改良増殖に関する施設だけでなく,広く農家経営の改善のために必要な公共事業を実施するものが増加する傾向にあった。有畜農業に関する事業を実施する組合は,62組合に及び,これらは次のような事業を実施していた。

 @ 組合員の有畜化に関する施設
   このためには畜産講を開設し,あるいは低利資金を借り入れて,組合員に家畜購入資金として貸しつけ,または,組合において優良種畜禽をけい養して,その子畜禽を組合員に配布し,さらには,組合が家畜家禽を購入の上,組合員に貸与する方法を講じた。
 A 経済的飼料の増産利用に関する施設
   飼料作物の種苗圃を経営し,組合員に種苗を配布し,あるいは放牧採草地の整備,農業副産物,緑肥作物の飼料化を図るなどして,努めて飼料の自給施設を講ずるほか,飼料の共同購入を行ない,かつ,飼料の貯蔵,調製についての設備,すなわち飼料庫,飼料配給所,埋草窖,飼料粉細器,大豆粕削器,乾燥調製器具,飼料配給用車の設置等の諸施設を実施した。
 B 自給飼料の増産利用に関する施設
   厩肥舎を設置して組合員に利用させ,あるいは組合員の厩肥舎の設置または畜舎の改造について指導奨励し,また,厩肥の処理運搬に必要な器具を設置して,組合員の共同利用に供するとともに,堆肥緑肥の計画生産により努めて肥料の自給を図った。一方,金肥については,共同購入により肥料費の節減に努めた。
 C 畜力利用の増進に関する施設
   犂(すき),砕土器,除草器,畜力原動機,脱穀器,籾摺機等の畜力機械を設置して,組合員の共同利用に供し,また,必要に応じて役畜を飼育し,組合員に貸与して利用させた。
 D 生産物の処理販売に関する施設
   生産した農畜産物は,共同処理販売する組合が多く,これに要する諸材料は,肥飼料とともに共同購入した。
 E 知識の普及向上に関する施設
   講習講話会,座談会,品評会,研究会等を開催して,組合員の知識の啓発に努めた。
 F その他
   家畜の改良増殖を図るため,種牡畜の充実,種牝畜の資質の向上,飼養管理の改善,家畜家禽の保険衛生に関する施設を講ずるとともに,共同耕作,共同取入れ,病害虫共同防除,稚蚕共同飼育,自家用品の共同加工等の事業を行なった。
 以上各種の事業を遂行するため,大多数の組合においては,町村の経済更生計画に呼応して,3−5カ年計画を樹立し,組合外においては,農会,産業組合,養蚕組合,畜産組合,家畜保険組合,農家小組合等と連絡協調し,組合内においては作業部,販売購買部,会計部,衛生部,教育部その他必要な部門を設けて,事業の実施と計画の実現に努力した。

3 有畜農業奨励施設

 岡山県では,政府の方針に従って,昭和6年(1931)以降,有畜農業の普及奨励のため次のような施設を行なった。

 有畜農業経営共進会は,回を重ねるごとに進境を示した。この共進会は,広く一般に有畜農業の意義を理解させ,農業経営の改善と,堅実な畜産の発達の上に大いに役立った。とくに,有畜農業奨励の初期における効果が大きかった。第1回から第3回までの各回の1等賞に入賞した者は,それぞれ,邑久郡太伯村(現岡山市)谷口但,苫田郡小田村(現鏡野町)北山英夫および後月郡芳井町小庭豊太であった。
 飼料作物栽培模範地(御津郡一宮村一宮の新庄要ほか9郡内9名)は,地理的関係や農業の実情を考慮して,1カ所約1反歩の土地を借り入れ,それぞれ1名の管理人を設けて経営していた。模範地には直径5尺,深さ7尺のサイロ(埋草窖)を設け,模範地からの生産物または紫雲英(れんげ),甘藷蔓,野生草などを埋蔵し,管理者に利用させるとともに,広く一般の模範とした。

4 失業救済農山漁村臨時対策事業

 昭和6年(1931)1月,政府は農山漁村の不況救済のため,県に対して大蔵省預金部資金を低利で貸し出す事業を始めた。県は,この資金を県下市町村その他団体などに転貸した。この中にあった畜産施設事業,@牧野整備9,000円,およびA畜産共同施設(牛乳,鶏卵,畜肉等の共同処理施設および家畜の共同購入または飼料貯蔵施設,その他畜産に関する共同利用増進のための施設)73,000円であった。
 また,副業および農業共同諸施設の中に輸出向け副業施設77,000円があり,この中に養兎事業が含まれていた。