既刊の紹介岡山県畜産史

第1編 総論

第4章 昭和戦後期における畜産の発達

第3節 畜産施設の整備拡充

1.県の畜産関係施設

(1) 畜産行政機構等の整備

 昭和20年(1945)8月,県の機構改革により,経済第1部(農業関係6課)畜産家となり,同21年(1946)2月には経済部(9課)畜産課となった。同22年(1947)5月,地方自治法施行後の機構改革により,畜産課には5係(庶務,飼料,畜産,衛生および競馬)が設けられ,その翌年9月の係制度発足を迎えた。
 昭和28年(1953)2月,農地経済部(6課)畜産課となり,同32年(1957)3月1日,農林部畜産課となった。昭和38年(1963)5月当時の畜産課には,管理,経済,酪農,飼料,畜産および衛生の6係があった。
 同年には,国の出先機関の整備により,中国四国農政局が岡山市に設置された。
 昭和32年(1957)7月5日,現在の県庁舎が岡山市内山下に完成し,戦災後長い間仮住まいの上伊福から移転して,開庁式が挙行された。
 一方,出先機関は,昭和49年(1974)7月1日の統廃合により,県下9地方振興局となり,昭和31年(1956)6月1日以来,県の農林関係の出先機関として,農林行政を担当してきた農林事務所(9カ所)は,この組織の中に組み入れられて,農林事業部(農業振興課畜産係)となった。なお,さかのぼれば,農林事務所は,戦前からあった地方事務所(昭和22年16カ所)から,その農林行政部門を引き継いだものである。

(2) 家畜保健衛生所等の整備統合

  1.家畜保健衛生所
 昭和23年(1948)11月1日,岡山県に初めて家畜衛生保健所を設けることになり,同年度内に加茂ほか3カ所を開設し,翌24年(1949)度に豊野ほか1カ所が設置された。
 昭和25年(1950)3月18日,家畜保健衛生所法(法律第12号)が公布されたので,県は同年5月26日,前述の家畜衛生保健所を廃止し,あらたに岡山県家畜保健衛生所を鴨方ほか5カ所に設置したのを初めとして,翌26年(1951),御津ほか3カ所に,同27年(1952)には長浜ほか13カ所に,また同30年(1955)には美甘に,それぞれ家畜保健衛生所を設置した。その後,昭和30年代になってからも,地元からの要望などにより,5カ所を設置し,2カ所を廃止して,昭和38年(1963)には28カ所の多きを数えた。このころ,家畜飼養の多頭化,集団化に対応して,家畜保健衛生所は,従来の家畜防疫業務のほか家畜診療,家畜人工授精業務から,さらに前進して,新しく発生する伝染性疾患に対する検査機能の向上,技術の専門化などのため,施設陣容を拡充強化する必要が生じたので,昭和41年(1966)4月1日,国の家畜保健衛生所再編整備方針(畜産の主産地化,家畜飼養の多頭化に対応して,家畜保健衛生所をおおむね向う5カ年ぐらいの間に広域化する)により,47年(1972)4月1日から5家畜保健衛生所(岡山,井笠,高梁,勝山および津山)と4家畜衛生センター(東備,倉敷,新見および勝英)に統合整備された。

  2.家畜病性鑑定所
 昭和25年(1950)7月21日,岡山県家畜衛生試験所が,条例により県庁舎内に設置された。これは43年(1968)3月30日発布された岡山県家畜病性鑑定所条例により,4月1日に岡山県家畜病性鑑定所が御津郡一宮村(現岡山市一宮)に設置されたので,廃止されている。

(3) 県営食肉市場

 昭和37年(1962)4月1日,岡山市網浜(現岡山市桜橋)の岡山市営屠畜場あとに,岡山県営食肉市場(牛豚枝肉卸売市場)が,県営屠畜場とともに開設され,肉畜流通に近代化の新風を送ることになった。

2.畜産関係試験研究機関の変遷

 岡山県種畜場が,明治37年(1904)業務を開始して以来,大正10年(1921)同場千屋分場の開設と,これらの業務の概要については既述したところであるが,ここに改めて,これらを継承して,現在の酪農,養鶏および和牛の3試験場になるまでの沿革と現況(昭和52年)について,概要を記すと次のとおりである。(岡山県畜産会『岡山畜産便り』第28巻,第3号,昭和52年3月による)

(1) 養鶏試験場
  1.沿革

  2.現状
   (1) 位置・面積
 位置・岡山県御津郡御津町伊田1,111番地。国鉄津山線金川駅,中鉄バス金川停留所より東方約4q,面積・10.2ha
   (2) 組織機構及び人員

場長(1)(兼農大御津分校長)
  総務課(5)
  業務部(18)(農大御津分校兼務(1))
   (3) 主な施設備品の整備状況

   (4) 試験研究推進構想

 試験場開設以来,時代の情勢に対応し数多くの試験研究課題と取り組んできたが,近年の多羽飼育化に伴う養鶏技術は高度でしかも試験研究の分野も広範囲のものが要請されている。このため本県では農林部及び県農林水産技術連絡会議により試験研究推進構想が策定されたが,当場における試験研究もこの推進構想を軸として,農林省畜産試験場をはじめ関係機関との連繋を密にしながら推進している。今後推進する試験研究の体系を示すと概略次のとおりである。

 ○ 採卵鶏に対する温湿度,光線及び風量の影響
 風速及び風量の影響,環境の昼夜転換の効果,温湿度の影響,光線管理方式の確立など。
 ○ ふ卵育すう技術の向上
 ふ卵育すうに関する管理環境の調査,民間におけるふ卵育すうの実態調査など。
 ○ 飼料資源の開発利用と給与技術の確立
 新飼料資源の開発,未利用飼料資源の活用,飼料給与技術の確立など。
 ○ 高能力鶏の育種
 卵用鶏の新系統造成,新肉用種の造成など。
 ○ 経済的飼養方式の確立
 採卵鶏のケージ管理における経営試験調査など。
 ○ 多発疾病防除技術の確立
 多羽飼育における衛生対策,とくにワクチネーション方式の省力化など。
 ○ ブロイラー飼育技術体系の確立
 出荷適期の検討,平飼い飼育における敷料の種類と育成効果,照度の差がブロイラーの発育に及ぼす影響など。
 ○ 家禽卵肉の処理加工技術の確立
 家禽卵肉の鮮度維持技術,簡易加工技術の確立など。
 ○ 水禽の利用技術の確立
 純粋種及び交雑種の性能調査,飼養管理及び飼料給与基準の設定など。
 ○ 鶏ふんの処理及び利用技術の確立
 鶏ふん処理の実証組立て試験,水田及び畑作における鶏ふんの利用技術など。

   (5) 種鶏改良
 卵用種については,国が策定した育種改良組織の一端を担い優良実用鶏作出のための基礎系統の造成を図って種鶏改良を行っている。保有系統はK1,K2,K3M,K1S及びLの6系統であり,繋養羽数は約2,000羽である。
 なお,K1及びK2の2系統は優良系統候補鶏として農林省から指定され,全国統一の選抜方式で育種を進めている。
 肉用種については,横斑プリマスロック種を中心として,名古屋種,サツマ鶏,声良等日本在来鶏との交雑を行い,これらの産肉性,肉質について検討し,特殊肉生産のための素材探索を行いつつ,実用的な肉用鶏の作出につとめている。
   (6) 技術普及滲透
 当場で実施した試験研究調査並びに国及び都道府県の試験研究機関が実施した試験研究のうち,実用的で普及性のある技術及び当面重要な事項について養鶏技術者,養鶏農家を対象とした研修,実地指導,研究会,講習会を行っている。
   (7) 技術者養成
 試験場内に併設された県立農業大学校御津分校は養鶏後継者,技術者養成のため教科科目に定められた基準により専門科目の講義及び実習を行い,養鶏に関する一貫した技術を習得させている。
 このほか,養鶏家及び関係技術者が個人又はグループで来場する機会が多いが,これに対しては当場の担当技術者が適切な指導,助言を行っている。
 因みに,昭和50年度の来場者は,県内から792名,県外から123名,合計915名であった。
   (8) 飼養鶏羽数

 (2) 酪農試験場

  1.沿革


  2.現状
   (1) 位置,面積
 位置 津山市太田904
 面積 29.9ha(建物3.70,耕地7.52,採草地放牧場10.82,その他7.86)
   (2) 組織機構および人員

場長(1) 総務課(7)
酪農部(20)
養豚部(8)
 (農大津山分校兼務(2))
   (3) おもな施設

   (4) 試験研究推進構想

 酪農および養豚経営を安定的に発展させるため,岡山県農林漁業試験研究推進構想に準拠して,研究を推進しているが,課題の設定には基礎的,学術的な課題よりも,対農家向け,対行政的なものに重点を置き,実証的な試験,実験的な試みも加え,県段階の研究施設としての特異性の発揮に努めている。なお,研究効率化のため,県内の試験場はもとより,他県の研究機関や,国,大学とも連携を保ちながら,事業を推進している。当面の研究の柱は次のとおりである。

 ○ 自給飼料の増産確保とその有効利用技術
 ○ 乳牛の効率的利用の技術
 ○ 清浄豚を中心とした豚の生産性向上技術
 ○ ふん尿の処理利用技術
 ○ 生産組織育成のための技術

   (5) 種畜改良
 ○ 乳牛の後代能力検定事業
 国の「優良乳用種雄牛選抜事業」を実施するため,候補種雄牛の娘牛30頭を購入し,泌乳能力検定を実施している。この事業は,昭和56年まで継続の予定で,全国23カ所で実施されており,毎年新らしく保証付種雄牛12頭が選び出される。
 ○ 豚については,前年度で清浄豚作出施設を完成し,本年度岡山方式による清浄豚,原種豚の作出試験に成功したので,原種豚を外国より輸入して清浄豚の改良に努めている。また,精液の低温保存の長期化に成功したので,昭和52年度よりその技術の普及を図るとともに優良種豚の広域利用を図る。
   (6) 技術普及滲透
 研究成果の普及は,普及組織を通じ滲透しているほか,県内外の関係機関に毎年研究報告書を配布している。また,畜産3試験場業績発表会,畜産学会,草地学会,養豚研究会,SPF豚研究会等の学会で報告している。また,岡山県畜産技術滲透連絡会議が発刊する指導手引書で,新技術の普及を図っているほか,現地における研修会や講演会には積極的に出席して,成果や技術の滲透に努めている。昭和50年度に行なったおもな技術指導は86件(酪農46,飼料作物12,養豚28)であった。
   (7) 技術者養成
 岡山県立農業大学校津山分校として,酪農,養豚専科生,養豚本科生,研究科生の教育とともに,酪農および養豚技術の研修指導を行なっている。
   (8) その他
 来場者は年々増加しており,昭和50年度における来場者は,2,339名(県内2,182,県外157)であった。
   (9) 飼養頭数

 (3) 和牛試験場

  1.沿革


  2.現状
   (1) 位置・面積
 位置・阿哲郡大佐町小阪部2240−1姫新線刑部駅より北西約2q
 面積・93ha(建物4.5,圃場4.0,採草地19.0,放牧地23.0,その他42.5)
  注・別に旧農試大佐分場の跡地4.92haを所管している。
   (2) 組織機構及び人員

場長(1)(兼農大大佐分校長) 総務課(8)
業務部(26)(農大大佐分校兼務(1))
   (3) 主な施設備品の整備状況

   (4) 試験研究推進構想
 全国的な和牛の減少傾向にあるなかで,本県は種畜生産県として,集団的な優良系統郡の作出,肉用牛の多頭飼養管理技術,特に未利用の山間傾斜地の改良草地化技術を,全国に先がけて研究し,その成果をあげてきたが,今後次のような目標課題で試験研究を推進する。

○肉用牛経営の安定
  多頭飼養経営合理化技術体系の確立
○肉用牛の生産性向上
 (ア)種畜改良技術の向上
 (イ)子牛の育成技術の向上
 (ウ)繁殖技術の向上
 (エ)肉用牛の肥育技術の向上
 (オ)肉用牛の多発疾病防除対策の確立
○自給飼料の生産利用技術の向上
○環境汚染防止
 (ア)環境保全技術の改善
   (5) 種畜改良
 岡山県肉用牛の現在の種畜改良方針は,次のとおりであるので,それをふまえて強力に種畜改良の対策を,行政と一体となって推進する。
○基本方針
 産肉能力の向上と斉一化を基本とし,特に肉質資質の改良及び体伸・前くの改善につとめる。
 (ア)肉質の改良
  将来目標として,ロース芯の脂肪交雑をプラス3以上とする。
 (イ)被毛,皮膚等の資質の改良。特に被毛のうち綿毛の密生を良とする。
 (ウ)体の伸び,前くの充実
 (エ)乳徴の改善(特に前乳房の充実)
○改良対策
 (ア)種雄牛の選定及び供用
  種雄牛は血統を充分考慮し,かつ産肉能力直接検定の成績を重視して選定し,さらに出来るだけ早期に産肉能力間接検定を実施して,その成績優秀なものを基幹種雄牛として供用している。
  精液は,各地区の種雌牛の状況(系統,資質,体型等)と市場の特性(購買動向)等を考慮し,関係団体とも協議のうえ計画的に配布している。
 (イ)種雌牛の選定及び交配
  各種事業に係る基礎雌牛,原種牛,育種登録牛,高等登録牛及び本原登録牛等の特定種雌牛を選定(特に血統を重視)し,特定種雄牛を計画的に交配して,優良種牛の生産につとめている。
   (6) 技術普及滲透
○講話講習
 県内関係市町村,その他各種団体からの要請により講師とて,技術職員を出張させ,肉用牛経営,飼養管理技術並びに人工授精技術,その他専門的技術の普及滲透にあたっている。
○視察者に対する技術普及
 北は北海道から南は沖縄の全国各地並びに県内各地からの視察者及び視察団体に対して,希望により講習講話を行い,技術普及滲透にあたっている。視察者は,年間平均2,500名前後である。
○ 和牛の開催
 県内和牛飼養農家及び和牛関係技術者に対して,毎年秋季の農閑期に,1日試験場を開放し対話を行い,試験研究の普及版を配布して技術普及滲透を行っている。
   (7) 技術者養成

○岡山県立農業大学校生の教育
 同大学校大佐分校として,畜産課程(本科,研究科,専科)の和牛専攻学生の教育を行っている。
○畜産技術者の養成
 県内の和牛飼養を志向している農業後継者で,農業改良普及所その他畜産団体の推せんにより,希望専門技術について,短期間の技術者養成を行っている。
 一部県外の希望者に対しても,養成を行っている。
   (8) 飼養頭数

3.教育関係施設の変遷

(1) 畜産伝習生

 昭和5年(1930)6月28日,岡山県告示第491号をもって,「岡山県畜産伝習生規程」が設けられ,「本県内ニ於テ畜産業ニ従事セムトスル者ニ対シ本規程ニ依リ畜産ニ関スル学芸及実務ノ伝習ヲ行フ」ことになった。伝習は,養豚,養鶏,乳牛,肉牛,畜産製造については岡山県種畜場において,役肉用牛については千屋分場で行なわれた。伝習生としての資格条件は,@農学校,畜産学校,獣医学校またはこれと同等以上の学校卒業者,A尋常小学校を卒業し,またはこれと同等以上の学力を有し,畜産の実地について2年以上の経験のある年齢18年以上の者,ということで,畜産中堅技術者の養成を始めた。
 昭和28年(1953)8月31日,津山畜産農場に県立中国酪農講習所が設置され,さらに,昭和43年(1968)4月1日,岡山県立農業大学校が設立されるまで,畜産関係各試験場(種畜場等)において,高校(旧制中等学校)卒程度の者を1カ年練習生として教育し,中堅技術者ないし自営者を養成することが,引き続き行なわれ,多くの人材を県内外に送り出した。

(2) 中国四国酪農大学校

 酪農について若い後継者ないし中堅技術者を養成するため,昭和28年(1953)から,津山畜産農場に中国酪農講習所が設置された。若い後継者づくりは,独立した機関で専門教育する必要があるということで,昭和36年(1961)12月1日,県立酪農大学校が,津山市太田の酪農試験場に設けられた。これは,翌37年(1962)4月から真庭郡川上村の酪農試験場蒜山分場あとへ移転した。昭和39年(1964)3月に第1回卒業生20名を出し,現在までに496名(うち岡山県関係者284名)の卒業生を世に送り出している。昭和40年(1965)11月1日,中国四国各県および兵庫県の出捐により財団法人中国四国酪農大学校となり,酪農経営の実践をとおして研修教育する方式で今日に至っている。高校卒2カ年の修業年限で,1学年の定員40名であって,現在2学年74名が研修にいそしんでいる。 

(3) 岡山県立農業大学校

 昭和43年(1968)4月1日,岡山県立農業大学校が,条例をもって赤磐郡赤坂町に設立された。これは,大正4年(1915)岡山県立農事試験場練習生(甲種農学校卒,1年修業,吉備郡高松町,現岡山市高松原小才)から発した岡山県立農業講習所(岡山市北方,現岡山市学南町)と,昭和9年(1934)三徳塾教育会(高等小学校卒,1年修業,上道郡角山村,現岡山市竹原)から発した岡山県立三徳農業研修所とが廃止され,これらに代って,農業者の中堅的担い手を養成する目的で新設されたものである。もともと耕種,園芸部門を主体としたものであったが,農業講習所には,昭和40年(1965)畜産文教所が3畜産関係試験場に併設されていた。
 農業大学校発足と同時に,養鶏,養豚および和牛(肉用牛)の3専攻コースは,それぞれ養鶏,酪農および和牛の各試験場において,専門過程(高校卒,修業年限2年のうち,後半の1年)を研修教育することになり,それぞれ御津分校(初め岡山分校),津山分校および大佐分校として,年々数名ずつの学生の教育を分担している。

付 学校教育法による畜産関係大学および高校

1.岡山大学

 昭和24年(1949)5月31日,新学制により国立岡山大学が開学したとき,岡山県立岡山農業専門学校(当時吉備郡高松町)を受けて農学部が開設された。このとき農学科の中に畜産学研究室が置かれた。28年(1953)4月1日に畜産学科が設けられ,第1回卒業生を30年(1955)に世に送り出している。現在の畜産学科には,家畜繁殖,家畜育種,家畜飼養,家畜衛生および畜産物利用の5つの専攻過程があって,1回の募集定員は20名である。
 学生の過半数は,岡山県外からのもので,卒業生の就職先は,県内外の農業関連官公庁,団体,企業が多いということである。   

2.畜産関係の高等学校

 県内はもちろん,広く県外に,古くから幾多有能の士を輩出している高松農業高等学校(旧制高松農学校)は,明治30年(1897)4月1日,岡山県立農業講習所として,御津郡伊島村(現岡山市津島)に設立されたのに始まる。初め修業年限2年の農科,獣医科,森林科,水産科の4科であったが,32年(1899)3月,岡山県農学校と名称が改められたとき,後2者は廃止されている。獣医学科の第1回卒業生は明治32年(1899)に1名,その第2回は翌33年(1900)に18名であった。同校が吉備郡高松村(現岡山市高松原小才)に移転したのは,明治35年(1902)4月24日であった。現在の高松農業高校は,昭和23年(1948)に新学制により設けられたもので,このとき定員40名の畜産学科が設けられた。
 瀬戸農業高校畜産科と勝間田農業高校畜産科は,昭和28年(1953)に設置され,日本原高校酪農科は,37年(1962)に設置されたもので,定員はいずれも30名となっている。
 畜産関係の課程を終了した高校卒業者の進路は,現在までのところ,直接農業後継者となる者はきわめてまれな方で,中国四国酪農大学校や岡山県立農業大学校へ,あるいは他の大学へ進学する者,就職して社会人となる者が多い。

4.畜産関係団体の変遷

 戦後畜産団体の姿は大きく変化した。昭和22年(1947)11月,農業協同組合法(法律第132号)が公布され,12月15日施行されたが,翌23年(1948)8月になると岡山県農業会は解散し,同年7月には岡山県馬匹組合も解散して,これらに代って,この年から農業協同組合法により畜産専門農協または連合会が設立されている。  

(1) 岡山県畜連から県経済連まで

 畜産組合法(大正4年1月14日,法律第1号)による各郡市畜産組合をもって組織する岡山県畜産組合連合会(県畜連)は,大正7年(1918)に設立され,昭和18年(1943)12月18日,岡山県農業会が設立されるまで畜産プロパーの県段階の団体であった。戦後,農協法による各郡市単位の畜産農業協同組合連合会(郡畜連)が,おもな事業を家畜市場の経営におき,その他中家畜等の生産指導,生産した家畜および畜産物の販売斡旋を行なう団体として設立された。さらに,郡畜連によって組織された岡山県畜産販売農業協同組合連合会(県畜連)が,昭和23年(1948)8月に設立され,岡山市桑田町に事務所を置いた。県農業会は,このとき解散し,その担当した畜産業務はすべて県畜連に継承された。県畜連は,昭和29年(1954)に県畜産農業協同組合連合会と名称を変更した。このときの郡畜連は19郡市すべてにあった。昭和36年(1961)3月1日,岡山県総合畜産農業協同組合連合会(県総合畜連)が,単協をもって組織され,郡畜連は解散して,各郡市単位に支所が設けられた。ただし,阿哲郡畜連だけは解散しないで,昭和47年(1972),阿哲郡,新見市を区域とする阿哲農協の発足まで存続していた。
 県総合畜連は,昭和40年(1965)4月1日,円県芸連とともに,県経済連に合併され,畜産関係業務は,その畜産部において担当されるようになった。  

(2) 岡山県酪農々業協同組合連合会(県酪農)

 昭和22年(1947),農協法が公布されると,それまで任意団体であった各酪農組合は,相ついで酪農々業協同組合を設立した。すなわち,昭和23年(1948)3月18日,両備酪農々業協同組合の設立を始め,この年7つの酪農々協が設立され,翌24年(1949)に三酪農々協が設立されている。これらの農協は,その後幾多の変遷を経て,昭和52年(1977)現在,県北一帯を区域とするホクラク農業協同組合など9組合が,おおむね各酪農地帯ごとに,乳業メーカーの集乳範囲を分担するような形で存在している。
 県段階においては,岡山県酪農協会が,昭和24年(1949)4月に設立され,県庁内に事務所を設けていた。この協会は,その後生乳の集出荷,乳価問題など,急速に発展する酪農事業に対応するため,昭和34年(1959)2月1日設立された岡山県酪農々業協同組合連合会(県酪農)に,すべてを托して解散した。  

(3) 岡山県畜産会

 昭和30年(1955)12月1日,「畜産指導体制の強化に関する省議」決定に基づき中央畜産会が設立され,各都道府県に畜産会が設立された。社団法人岡山県畜産会(会長大河寅蔵)は,各種畜産関係団体の指導事業を総轄的に推進する団体として設立されたもので,翌31年(1956)から畜産技術経営診断指導事業を開始し,昭和39年(1964)5月から畜産コンサルタント事業を開始して,現在に至っている。  

(4) 各種家畜登録団体

 戦後,和牛および乳牛の登録団体であった全国農業会は,昭和23年(1948)解散した。これにより,各家畜別に全国段階の登録団体が設立され,各県に支部または登録委任団体が設けられている。   

 1.全国和牛登録協会

 昭和23年(1948)3月3日設立され,同年4月岡山県支部が岡山市上伊福の岡山県農業会畜産部内に設けられている。   

 2.日本ホルスタイン登録協会

 昭和23年(1948)設立されたが,県内におけるホルスタイン種の登録事業は,岡山県酪農協会で取り扱い,後に県酪連に引き継いでいる。   

 3.中国種馬登録協会

 昭和24年(1949)9月9日,中国種馬登録協会が設立され,事務所を岡山県畜産課内においていた。   

 4.日本緬羊登録協会

 昭和24年(1949)11月に設立され,岡山県支部が設けられたのは,27年(1952)12月で,事務所は初め県畜産課内に置かれ,のち県畜連へ移された。   

 5.日本山羊登録協会

 昭和24年(1949)8月に設立され,岡山県支部は,昭和28年(1953)7月1日,県畜産課内に設置され,のち県畜連へ移した。  

 6.日本種豚登録協会

 昭和24年(1949)1月に設立されたが,岡山県支部は,同年6月に当時の県畜連内に設置されている。  

 7.日本ジャージー登録協会

 昭和31年(1956)8月10日に設立されている。

(5) その他の団体 

 1.岡山県肉用子牛価格安定基金協会

 昭和44年(1969)4月,社団法人岡山県肉用子牛価格安定基金協会が設立され,子牛の生産者価格を再生産を保証する線で下支えする制度が設けられた。 

 2.岡山県家畜畜産物衛生指導協会

 昭和48年(1973)6月,社団法人岡山県家畜畜産物衛生指導協会が発足している。 

 3.農協法による各種団体

 昭和24年(1949)9月,岡山県アンゴラ兎農業協同組合(組合長藤井勝志)が設立され,岡山市下石井の新興飼料工業協同組合内に事務所を置いた。
 同年4月,岡山県養蜂農業協同組合(組合長山形純男)が設立され,岡山市北方(現学南町)の山形宅に事務所を設けている。
 昭和29年(1954)4月,邑久郡に緬羊農業協同組合(組合長武内寿雄)が設立されている。
 岡山県養豚農業協同組合(組合長小川啓次郎)も設立されているが,設立時期は不詳である。
 これらの各家畜別の専門農協は,各家畜それぞれの同志的団結により,おのおのの発達を期しようとしたもののようであるが,対象とする家畜が時代の推移とともに経済的な重要性が失われて激減したり,また,養鶏に見られるように,組織基盤が農協法の主旨にそいにくいなど種々の理由により,姿を消したのであるが,解散した年月は不詳である。 

 4.養鶏団体

 昭和27年(1952)10月,岡山県養鶏組合連合会が設けられたが,これは翌28年(1953)1月10日設立された岡山県養鶏農業協同組合連合会(県養鶏連)に事業を引き継いで解散している。県養鶏連は,34年(1959)5月に解散している。これとは別に,昭和29年(1949)ごろ岡山県養鶏協会(会長丸本市松)が県畜産課内に事務所を置いていた。
 昭和34年(1959)5月,次第に重要性を増して来た食鶏について,その処理と屠体取引きによる出荷調整等食鶏取引きの合理化をねらいとして,岡山県養鶏加工農業協同組合連合会(県養鶏加工連)(会長徳長県経済連合長)が,県経済連などにより設立され,事業所を岡山市桑田町に置いて事業を始めた。当時の計画では,廃鶏の処理販売も含まれていた。この会は,52年(1977)2月解散し,その後,食鶏処理事業は系統団体では行なっていない 

 5.その他の任意団体

 山陽新聞社(昭和30年)の『山陽年鑑』(昭和29年版)によれば,当時任意団体として次のようなものがあった。すなわち,岡山県家畜人工授精協会(会長惣津律士,県畜産課内),岡山県畜産振興会(会長土屋源市,県畜連内),岡山県酪農協会(会長奥山吉備男,県庁舎内),日本種豚協会岡山県支部(会長小川啓次郎,県畜産課内),岡山県緬蚕協会(会長中塚智雄,県蚕絲課内),岡山県養鶏協会(会長丸本市松,県畜産課内),岡山県家畜商組合(会長大河寅蔵,県畜連内)などであった。
 その後,31年(1956)9月,岡山県家畜人工授精師協会が設立され,33年(1958)には岡山県獣医畜産事業協同組合が設立され,35年(1960)7月には岡山県草地協会が設立され,事務所を県畜産課内に置いている。 

 6.昭和50年現在における畜産関係団体

 岡山県(昭和50年)の『おかやまの畜産』により,昭和50年(1975)における畜産関係団体のうち,県を区域とする法人等おもなものを次に表示しよう。