既刊の紹介岡山県畜産史

第1編 総論

第4章 昭和戦後期における畜産の発達

第4節 普及事業の変遷

 昭和23年(1948)7月15日,農業改良助長法(法律第165号)が公布され,同年8月1日施行された。これに基づいて,同年11月12日,県下に73カ所の農業改良普及所が設置され,小地区制のもとに翌24年(1949)3月1日から業務を開始した。この時1普及所当たり平均3.7人の普及員で,農家1,603戸,耕地2,049ヘクタールを受け持つことになっていた。30年(1955)には54普及所となり,1普及所当たり5,6人(3,200戸,2,707ヘクタール)となった。33年(1958)10月1日から中地区制となり,普及所は42カ所(1普及所当たり平均普及員7,3人,農家4,102戸,耕地3,093ヘクタール)となった。
 昭和36年(1961)6月12日,農業基本法(法律第127号)の公布に伴い,実施されることになった農業構造改善事業に呼応して,農民教育の基盤を確立し,普及指導の計画性を高め,併せて市町村や農協などの指導技術との連携の緊密化を図るなどにより,農業振興の推進役を演じた。
 昭和30年代の終りには,普及所は38ヵ所となり,41年(1966)4月1日になると広域普及所制がとられ,これを管轄する農林事務所単位に9普及所(46駐在所)の大地区制(1普及所当たり普及員35人,農家17,971戸,耕地11,851ヘクタール)となり,畜産など専門項目担当普及員と地区担当普及員とに機能が分化した。44年(1969)になると,9普及所(18課)13支所となり,さらに50年代になると,9普及所,21地域班,13支所となっている。
 専門技術員は,普及担当主務課にあって,普及員の指導に当たっているが,時には農業試験場や畜産関係試験場に駐在し,あるいは主務課にあるという形で推移している。この間,主務課は農業改良課(昭和23年10月31日−38年5月10日),普及教育課(38・5・10−46・4・1),普及振興課(46・4・10−51・4・6),営農振興課(51・4・6−54・4・1)とかわり,54年(1979)4月1日から普及園芸課となっている。
 岡山県協同農業普及事業30周年記念会(昭和53年)の『普及事業30年のあゆみ』により,「普及事業発足の背景と現在の位置づけ」を図4−4−1に掲げよう。    

附 岡山県農業士

 地域農業振興のリーダーとして活躍し,青年農業者すなわち次の農業を担う後継者を育成指導することをおもなねらいとして,高度な経営技術をもつ農業者に,中核的役割りを期待して,岡山県農業士を認定する制度(岡山県農業士認定要項)が,昭和49年(1974)8月3日発足し,30名の農業士が知事から認定書を受けた。また,52年(1977)には,意欲的に農業経営を行ない,クラブ活動など活発に行ない,将来中核的農業者となる期待のもてる20歳から30歳ぐらいまで(農業経営2年以上)の者を,青年農業士として認定する制度が加味された。
 昭和54年(1979)4月現在,農業士112名のうち,畜産関係のものは45名で,内訳は,酪農28名,肉牛11名,豚3名および養鶏3名となっている。また,青年農業士の方は,98名のうち,畜産関係は47名で,内訳は,酪農31名,肉牛10名,養豚2名,養鶏3名および養蜂1名となっている(岡山県(昭和54年)の『岡山県農業士名鑑』による)。