既刊の紹介岡山県畜産史

第2編 各論

第1章 酪農の発展

第1節 酪農の展開

3.昭和年代の酪農

(1)昭和初期の酪農

 昭和9年(1934)ごろの本県の乳用牛は,大部分ホルスタイン種に属し,総頭数3,620頭で,年間1,200頭の子牛を生産し,生乳1万4,142石を生産していた。乳牛の分布は,県南の邑久・浅口・小田・岡山・和気の諸郡市に多く,北部のものは牛乳屋に限られていた。
 乳牛の資質は,当時著しく改良され,血統登録を有するものが300頭以上もあり,高等登録を受けたものも数10頭に達していた。しかし,その大半は京阪神その他の営業者を顧客とする育成本位の乳牛飼養であって,農家で繁殖するものは極めて少なかった。育成農家の多くは離乳期の犢を購入してこれを育成し,種付けをして分娩前に売却した。1頭当たりの利益は約150−200円であった。 
しかし,山陽煉乳株式会社や邑久郡産業組合処理場に近い農家では,繁殖を行ない,搾乳して生乳を工場に販売した。前者は1日約13石,後者は約3石の処理能力を有し,その生産高は,昭和8年(1933)の実績では、煉乳6,132斤,バター6,339斤,価格22万2,530円であった。当時会社買入れ乳価は,1升につき11銭で,その生産費は約8銭9厘であった。
 県は酪農奨励事業として,種畜場を中心にして,種雄牛の貸付,種畜の払下げを実施するとともに,種雄牛の購入費の20パーセント以内の補助金を購入組合に交付していた。また,共進会の開催には賞状・賞品を交付してこれを勧奨した。雌牛の購入補助は,大正11年度に優良雌牛購入に対する補助規程によった。この規程は大正13年度一部改正し,昭和5年度まで続けられた。また優良雌牛の保留制度は,大正11年度に設けられた「優良雌牛保留奨励規程」により,大正13年度まで続けられた。当時の指導奨励対策は,優良種畜の充実,地方小組合の経営に関する指導,検定事業の普及,登録事業の普及,飼料作物の栽培奨励,山野,畦畔の草生改良に関する指導,牛乳ならびに乳製品の知識,牛乳処理利用上の施設,資質能力向上,厩肥利用に関する指導,衛生に関する施設の助成,乳牛取引の改善等であった。