既刊の紹介岡山県畜産史

第2編 各論

第1章 酪農の発展

第2節 酪農奨励事業

2.岡山県乳牛育成場の建設

 酪農経営の通弊として,乳牛が虚弱体質で耐用年数が短く,繁殖障害が多いことがあげられた。これは育成期に舎飼いであるため,鍛錬の不足が大きな原因とされた。この欠点を補うために県や関係団体は公共育成場を建設して,育成牛を預託または買い取りによって育成することとした。最初に建設したのは県の岡山県乳牛育成場であった。これは,昭和36年(1961)から真庭郡川上村大字福田(三木原)に,美作地域大規模草地造成事業で78ヘクタールの改良草地を造成中であったが,工事が完了したので,昭和37年(1962)3月27日,岡山県乳牛育成場条例により設置された。初代場長は浅羽昌次であった。翌38年(1963)5月23日からジャージー種と和牛を預託して放牧を開始した。この牧場は,年間200頭の預託育成をしたほか,牛の精液配布,講習会,講習生の指導を行っていたが,昭和40年(1965)11月1日財団法人中国四国酪農大学校に移譲された。