既刊の紹介岡山県畜産史

第2編 各論

第1章 酪農の発展

第2節 酪農奨励事業

3.躍進期を迎えた最近の酪農振興対策

(4)集約酪農地域の設定

  1 美作集約酪農地域(昭和30年12月10日,農林省告示第1018号)

 農林省は酪農振興法に基づいて集約酪農地域の指定について検討していたが,昭和30年(1955)12月10日付農林省告示第1018号で集約酪農地域を指定した。申請は57地区に上っていたが,指定された地域は,原料乳地域26カ所,市乳地域5カ所の計31地域であった。この中に含まれていた美作地域には次の16市町村が指定の対象となった。
 津山市,真庭郡(川上村,八束村,中和村,二川村,湯原町,勝山町のうち真賀,見尾,菅谷,星山,福谷,竹原,勝山,江川,岡,神庭,組,三田,柴原,本郷,正吉,横部,荒田,神代および山久世,久世町,落合町のうち垂水,開田,影,上市瀬,下市瀬,高屋,西河内,向津矢,中福田,日名,杉山,古見,赤野,田原,西原,野川,法界寺,大庭,平松,下見,中河内,上河内および下河内),久米郡(久米町,中央町のうち原田,越尾,新城,金堀,小原,頼元,打穴里,打穴上,打穴北,打穴西,打穴中,打穴下,錦織および錦織里)、苫田郡(鏡野町のうち薪森原,河本,下原,原,高山,竹田,土居,和田,円宗寺,貞永寺,瀬戸,香々美,市場,沖,公保田,沢田,寺和田,古川,布原,宗枝,吉原および真加部),勝田郡(勝央町,勝田町のうち杉原及び勝北町)および英田郡(美作町のうち湯郷,入田,位田,青木,稲穂,北坂,金屎,下大谷,奥大谷,殿所,長内,中山,則平,北山,明見,豊国原,中尾,上相,吉村,下香山および和田)。

 (1)振興計画の概要(昭和29年)

 美作集約酪農地域をホルスタイン地区とジャージー地区に分け,ホルスタイン地区は,現在1,540頭を6年後の昭和35年度までに5,993頭に増し,農家1戸当り平均1.5頭を飼育するようにし,牛乳生産量を1日122石に増す。ジャージー地区は,現在390頭を2,000頭に増し,1戸当り2頭を飼育する。牛乳生産は1日に30石に増す計画を立てた。
 この計画に基いて県は県農地経済部に「美作集約酪農地域振興対策室」をつくって積極的に重点指導を行うこととした。指定された市町村は水田裏作にレンゲを栽培したり,畑に飼料作物をとり入れ,自給飼料を増産して牛乳の生産費の低減に努める。生乳は津山市の北部酪農協に集め,北海道バター株式会社と提携して市乳,煉乳の原料とする。
 このように乳牛の導入を行うことによって農家の経済は,ジャージー地区は現在1戸当り所得12万5,160円を35年度に33万8,579円に,ホルスタイン地区は現在11万3,597円を24万3, 007円にそれぞれ高める。

 (2)美作集約酪農地域振興対策室の設置(昭和31年1月)

 美作集約酪農地域の農業振興を推進するために,県は農地経済部に同地域振興対策室を設置した。又県は関係機関を総動員して,酪農を中心とした農業全般の体制を確立,営農指導のセンターとした。同室長に曽我農地経済部長をあて,集約酪農に関係のある職員で指導体制班(班長惣津畜産課長),営農改善班(同,的場農業改良課長),飼養管理班(同,惣津畜産課長),栽培改善班(同,鋳方農業試験場長),牛乳処理改善班(同,惣津畜産課長)および生活改善班(同,的場農業改良課長)の6班を置き,各班ごとに指導大綱を作った。

 (3)美作集約酪農地域の追加指定(昭和31年9月21日認可)

 昭和31年(1956)3月23日,備中集約酪農地域の申請と同時に,美作集約酪農地域として新たに真庭郡落合町,苫田郡鏡野町,同加茂町,勝田郡奈義町,同勝田町,英田郡美作町,同作東町,久米郡旭町および同柵原町の9町を追加申請したが,昭和31年(1956)9月21日づけで英田郡作東町,久米郡旭町,同柵原町を除いて認可があった。

 (4)美作集約酪農地域拡大計画(昭和34年3月16日,農林省告示第217号)

 拡大地域の範囲(11カ町村)は,英田郡東粟倉村,西粟倉村,大原町,作東町,英田町,久米郡柵原町,久米南町,福渡町,旭町,真庭郡新庄村および美甘村で,この地域の総面積は7万1,795ヘクタール,総戸数1万6,276戸,総農家数1万1,163戸であり,英田郡東粟倉村,西粟倉村,大原町,真庭郡美甘村,新庄村の5カ町村は,標高400〜500メートルの山林原野に富む典型的な僻地山村で,その他の町村も,中国山脈の背梁の支脈により形成されている県の中部高原地区いわゆる吉備高原となっている。
 この地帯のホルスタイン種の増殖目標は,現在の245頭を,3カ年計画で,1,300頭の約3.5倍に,産乳量は年間495.4トン(2,642石)を,2,348.6トン(1万2,526石)に約4.7倍増を考えている。又ジャージー種の増殖目標は,完成年に240頭(1戸当り2頭)で,この産乳量は345トン(1,840石)に増加させることとする。
 昭和34年(1959)の地域拡大により,美作地域は合計1市28町村となったが,その後,昭和41年(1966)に振興度合の低い7町村(勝田郡勝田町,英田郡東粟倉村,西粟倉村,大原町,英田町,久米郡柵原町および旧福渡町)を除外して,1市21町村に再編整備した。
 当地域は,この振興計画により,順調な伸びを示し,指定当時飼養戸数は1,568戸であったが,昭和45年(1970)には2,563戸と,163.5パーセントの伸びを示した。飼養頭数は2,112頭であったものが1万7,119頭となり,その伸び率は810パーセントとなり,県内の飲用牛乳を充足するとともに,京阪神地域に対する飲用向原料乳の供給地となった。

 (5)酪農近代化計画と地域変更(昭和42年2月9日)

 昭和40年度酪農振興法の一部改正に伴い,酪農近代化計画制度が設けられたので,昭和41年度に岡山県酪農近代化計画を策定した。集約酪農地域のうち振興度合の低い次の7町村(勝田町,東粟倉村,西粟倉村,大原町,英田町,柵原町,旧福渡町)を除外したことは前述のとおりである。昭和42年(1967)2月9日付けで農林大臣の承認をうけた。昭和48年度に計画を変更し,同48年(1973)4月26日づけで承認をうけ,現在に至っている。
 昭和53年(1978)現在における美作集約酪農地域に含まれる市町村は表1−2−7のとおりである。

  2 旭東集約酪農地域(昭和34年3月16日,農林省告示第217号)

 地域の範囲は,西大寺,邑久郡牛窓町,邑久町,長船町,上道郡上道町,和気郡熊山町,和気町,吉永町,備前町,赤磐郡佐伯町,瀬戸町,山陽町,赤坂町および吉井町の1市13町である。

   (1)酪農振興計画の概要

 この地域は,総面積8万4,996ヘクタールで,総農家数2万4,873戸,経営規模は県平均の6反2畝とほぼ同様で,地域の一部を除いては,零細小規模経営である。この地域を酪農によって発展させるため,現在の酪農家率4.7パーセントを,15.5パーセントに引き上げ,農家の経営規模の拡大を図ることにしている。 
 この地域は,赤磐,和気両郡の水田畑地地帯と,畑を主とした瀬戸内海岸の牛窓町地域および吉井川下流の水田地帯の町村に分けられる。この地域の増殖計画は,乳牛頭数では,現在の1,777頭を,完成年度の5カ年後に6,500頭(1戸当り1.5頭を2頭),その増加率は3.5倍に,又乳量は年3,094トン(1万6,500石)を,1万3,419トン(7万,568石)に,日量で8.5トン(45.2石)を36.8トン(169.1石)に増加する計画で,約4.5倍の増加である。この増加は,現在飼われている乳牛による自然増(4,600頭)と,主として県外よりの導入,1,500頭(毎年300頭)によって,この目標頭数を達成する。導入対象農家は,酪農条件のよいものを優先的に考える。
 この地域には,約1万3,000ヘクタールの利用可能牧野面積があるが,各地区により相違があるので,A地区の和気,赤磐両郡は高度集約牧野1頭当たり30アール。B地区の牛窓では,畑地に飼料を取り入れると同時に,牧草化を図り,牧野1頭当たり10アールを目標とする。C地区の水田を主とする邑久町,西大寺市等は,水田の裏作に飼料作物を取り入れる外,草地1頭当たり5アールを造成することにした。その後,昭和36年(1961)および,40年(1965)の両年度に延長計画を樹立した。
 当地区の乳牛の飼養動向は,指定時と,昭和45年(1970)2月とを比較すると,戸数は1,382戸から,830戸と60.1パーセントに減少したが,頭数においては,3,967から,5,862頭と147.8パーセントに増加した。これは西大寺を中心とした南部地域の増加が主で,北部地域は立地条件の関係もあって,伸び悩みの状態である。当地域で生産される生乳は,ほとんど岡山市を中心とした県南部地域の飲用向けに回されており,今後もこの傾向は変わらないものと思われる。
 酪農振興法改正後,昭和41年度に旭東集約酪農地域を再編整備し,振興度合の低い5町(和気郡吉永町,佐伯町,赤磐郡山陽町,赤坂町および吉井町)を除外した計画とし,昭和42年(1967)2月9日づけで農林大臣の承認をうけた。引き続き昭和48年度に計画を期間延長することにし,昭和48年(1973)4月26日づけで承認をうけ,現在に至っている。

  3 備中集約酪農地域(昭和32年9月24日,農林省告示第841号)

 備中西部地域酪農振興計画を,昭和31年(1956)3月23日農林省に提出し,地域指定の申請を行った。
 計画は,農家経済の安定を図るため,高梁川以西の4市17市町村を集約酪農地域とすることとし,その概要は次の通りであった。

   (1)地域の範囲 

笠岡市,井原市,総社市,高梁市,川上郡(成羽町,川上町,備中町),後月郡(芳井町),小田郡(美星町,矢掛町,小田町,北川村),浅口郡(里庄町,鴨方町,寄島町,金光町),吉備郡(真備町,昭和町)および上房郡(有漢町,北房町,賀陽町)。
 現在,この地域には農家2,638戸が4,252頭のホルスタイン種乳牛を飼い,年間5,967トンの牛乳を生産(1日約7.7トン)しているが,今後5カ年間に乳牛飼養農家を4,000戸にし,ホルスタイン種乳牛を6,000頭に増し,年間9,537トン(日量26トン)の生乳生産をする計画とした。
 現在,笠岡市の明治乳業笠岡工場があって,これを中心として,笠岡市,井原市,川上郡成羽町などには酪農振興の機運があるが,同工場の1日の処理能力は,煉乳100石,バター50石であって,計画完成後においても原乳処理能力には心配ない。
 この地帯では,すでに明治16,7年(1883−84)ごろから乳牛が導入されており,県下でも最も古い歴史を持ち,酪農に対する経験も十分に積んでいる。又果樹,桑園の樹園地1,915町歩があり,この間作利用で飼料自給度を高めることができる。
 その後,昭和36年(1961)と,40年(1965)に期間を延長する計画をたてた。
 当地域のうち,北部の高梁市を中心とした地域は,これらの計画により,急速に酪農が振興されたが,南部の笠岡市の周辺地域は工業化都市化の影響をうけて,振興の速度は鈍化した。指定当時と昭和45年(1970)2月を比較すると,飼養頭数において,2,489戸から,1,816戸に72.9パーセントに減少したが,乳牛頭数は,7,525頭から9,374頭と124.6パーセントに伸びた。生産された生乳は,県内飲用向けとするとともに,地域内乳業工場で乳製品の製造が行われており,京阪神に対する飲用向原料乳ともなっている。
 酪農振興法改正後,昭和41年度に振興度合の低い3町(浅口郡寄島町,金光町および吉備郡真備町)を除外する計画とし,昭和42年(1967)2月9日づけで農林大臣の承認をうけた。引き続き昭和48年度に計画を変更し,期間を延期することとし,昭和48年(1973)4月26日づけで承認をうけ,現在に至っている。