既刊の紹介岡山県畜産史

第2編 各論

第1章 酪農の発展

第2節 酪農奨励事業

3.躍進期を迎えた最近の酪農振興対策

(6)酪農近代化制度の発足

 酪農振興法の改正(昭和40年6月2日)に伴い,酪農振興の根本となる酪農近代化計画を策定することとなった。酪農近代化制度とは,農林大臣の定める酪農近代化基本方針,都道府県知事の定める都道府県酪農近代化計画,市町村長の定める市町村酪農近代化計画に関する規定からなっていて,この3者が一貫した方針のもとに計画的かつ効率的に推進するよう設けられた認定制度のことである。この内容のおもなものをあげると,@全国的な生乳需要の長期見通しに則して,地域ごとに生乳生産の目標を定め,適地生産による生乳生産の安定的増大を図る。A乳牛飼養規模の拡大,飼料自給度の向上によって酪農近代化を図るため,各地域ごとに立地条件に応じた合理的な経営改善の指標を定め,経営改善を計画,効率的に進める。B集送乳路線を整備し,生乳の流通加工段階の経費を節減するとともに,大消費地の需要の急速な拡大に対応するため集送乳と乳業の合理化のため関係者の協力を求める。

  1 第1次岡山県酪農近代化計画の樹立(昭和41年12月22日)

   (1)基本構想

 本県の農業は,第2次産業とくに工業の急速な発展によって兼業化や労働力の流出による老齢化,女子化が進み,また交通機関の整備によって都市近郊農業としての性格が次第に強くなってきている。この中にあって,酪農は急速に進展し,昭和40年(1965)には,飼養頭数では昭和30年(1955)の4倍の2万7,300頭に,生乳生産量は同じく5倍の7万5,400トンに達し,県内の牛乳の需要はもとより,京阪神地方の飲用向原料乳供給地として,重要な地位を占めるようになったので,今後一層酪農の健全な発展と農業経営の安定を図るため,酪農の適地を中心に近代的な酪農経営方式の指標をもとにした自立酪農経営農家の育成を図り,飼養規模の拡大と,飼料自給度の向上により,酪農経営の生産性を向上して,牛乳の需要の増大にみあった生乳生産の安定的増大を図る。

   (2)生乳の生産数量の目標

 生乳の生産数量の目標については,それぞれの区域の自然的,経済的条件を加味して多少の差をつけてはいるが,現在の飼養総頭数2万7,30頭(うちジャージー牛3,363頭)を昭和46年(1971)には4万7,000頭(同5,600頭)と,172パーセント(同167パーセント)に増殖し,また,現在65パーセント(ジャージー種は68パーセント)の経産牛率を,68パーセント(同71パーセント)に向上する。また経産牛1頭当たり年間搾乳量も,省力経営,乳牛個体の耐用年数の延長等を考慮して,ホルスタイン種においては,14カ月分娩間隔で,305日,2回搾乳として,4,537キログラム,ジャージー種については12カ月分娩間隔,305日,2回搾乳として,2,800キログラムとした。そして現在の生乳総生産量7万5,402トンを,目標年には13万8,790トンに185パーセントに増加するという意欲的な計画としている。

   (3)近代的な酪農経営方式の指標

 この指標は,国の示した酪農近代化基本方針に即し,これを本県の実情 を考慮して備前,備中,美作の3区域に区分して指標原案の作成をし,検討したが,各地区において農業の立地条件に大差が認められなかったため,ホルスタイン種では複合および専門酪農経営方式とも各区域において応用することとした。またジャージー種においては,従来の導入の経緯,振興状況を考慮して,美作地域内でも特に蒜山地域を想定して複合,専門の両酪農経営方式を作成した。

   (4)その他

 この外「乳牛の飼養規模の拡大に関する事項」,「飼料自給度の向上」,「集乳および乳業の合理化」,「その他酪農近代化を図るために必要な事項」に関して具体的な計画が策定されている。

  2 第2次酪農近代化計画の樹立(昭和46年11月22日)

   (1)基本構想

 本県は,瀬戸内の恵まれた立地条件に位置し,産物豊かな農業県として発展して来たが,国内経済の高度成長に対応した均衡ある県勢振興をはかるため,従来の伝統ある農業県から工業県への脱皮を発展基調として東瀬戸圏の中核的地位を確立するため,第2次県勢振興計画および新全国総合開発計画に関連して,新産業都市建設計画,工業整備特別地域整備計画等に基づく地域開発を推進するとともに,地域産業開発の骨格となる山陽新幹線,中国縦貫自動車道,中国横断自動車道,さらには瀬戸大橋建設等交通網の整備と相まって本県産業の一大飛躍が期待されている。
 一方本県の農業は,恵まれた自然条件のもとで,古くから米をはじめ果物,畜産物,工芸作物等数多くの農作物を生産し,本県産業の基幹として県勢の発展に大きな役割を果たしてきたが,近年における社会経済的条件の急速な変貌により,農業労働力の急激な減少および質的低下,加えて都市化,工業化は本県農業の転換を余儀なくしている。
 現在の総農家戸数は今なお15万4,000戸を数えているが,このうち専業農家はわずか12.6パーセントの1万9,500戸にすぎず,兼業農家の割合が年々増加しており,この傾向は今後も当分続くものと考えられる。この間にあって酪農は,さきに策定した酪農近代化計画に即応して各種の振興施策を強力に推進した結果,飼養戸数においては6,660戸と大幅な減少をきたしたが,飼養頭数は4万2,920頭,生乳生産は年間11万7,900トンとなり,ほぼ計画が達成されている。
 また,農業総生産額1兆0,051億9,200万円のうち,生乳生産額は56億2,700万円で,全体の5.3パーセントに相当し,農業生産のなかでの比重は漸次高まりつつある。
 今後においては,経済安定による酪農の健全な発展を期するため,国の定めた酪農近代化基本方針に即し,昭和52年(1977)を目標に,酪農適地を中心に近代的な酪農経営の基本的指標をもとに,飼養規模の拡大と飼料自給率の向上により,生産性の高い自立経営農家を育成し,需要の増大が見込まれる飲用牛乳の県内自給はもとより,従来から供給してきた京阪神地域への飲用原料乳として,引き続き安定的な供給を行う重要な使命を負わされている。
 このめ生乳需給の均衡を配慮しながら,さらに生乳の増産を図るとともに,集乳および乳業の合理化を促進し,生乳生産から流通にわたる酪農の近代化を強力に推進する。

   (2)生乳生産目標

 この基本方針に基づく生乳生産目標は表1−2−17のとおりである。

   (3)近代的酪農経営方式の指標

 近代的酪農経営方式の指標は,表1−2−18のとおりである。なお,昭和46年(1971)まで増加した乳牛頭数は昭和47年(1972)から減少に転じ,又飼養農家戸数も大幅に減少した。さらに昭和48年(1973)にはいわゆるオイルショックによる畜産危機におちいり,濃厚飼料の高騰,牛価の高騰等により,酪農の受けた打撃も大きかった。しかし,昭和50年(1975)には二段式乳価の値上りがあり,ようやく回復に向い,昭和52年(1977)には戸数3,110戸,頭数4万6,300頭,生乳生産量16万1,113トンと順調な生産を示した。

3 第三次岡山県酪農近代化計画の樹立(昭和52年1月22日)

   (1)基本構想

 本県は瀬戸内の恵まれた自然条件のもとで,農畜産物の生産豊かな農業県として発展してきたが,昭和30年代からの国の高度経済成長の影響で工業開発の進展と生産の拡大により県民所得は向上し,又山陽新幹線,中国自動車道など交通網をはじめとした交通革命が図られる一方,工業用地等の需要の増加に加え,民間企業による土地の開発や買占めの影響で農業基盤の確保に制約を受け,さらには農業労働力の急激な流出で専業農家戸数は大幅に減少し,本県農業も大きく転換してきた。
 本県の酪農においても,社会,経済情勢の変動の影響で飼育戸数は3,400戸を大幅に減少し,飼養頭数は4万3,200頭で伸び悩みを見た。しかし生乳生産量は13万9,300トンと順調な伸びを示し,第2次酪農近代化計画の目標をおおむね達成することができ,農業粗生産額の内,酪農生産額は169億6,700万円で全体の9.3パーセントに相当し,漸増の傾向にあり,本県農業の中核的作目として定着するに至った。
 本県が昭和49年(1974)に策定した総合福祉計画において,「魅力ある農業経営の確立」と「特色ある地域農業の振興」を目標に,総合的な農業振興に努めていて,酪農については国の定めた酪農近代化基本方針に即応し,昭和60年(1985)を目標とした近代的な酪農経営方式の指標をもとに,次の点を重点方向として,酪農近代化を強力に推進する。

 @ 近代的酪農経営農家の育成 酪農適地に適正規模による中核的農家ならびに他作目との複合経営農家を育成し,乳用牛の増殖と能力の向上を図り酪農経営の安定と生乳の増産に努める。
 A 飼料自給率の向上 草地造成と既存草地の効率利用による牧草の増産,農地の高度利用による飼料作物の増産を推進し自給率の向上による経営の安定を図る。
 B 生産組織の育成 地域ぐるみ団地化により酪農家と耕種農家との連繋を深め,地域複合農業団地の育成を推進し,農用地の高度利用,自給飼料と家畜ふん尿の相互利用等有機的関連のある組織を育成する。
 C 良質牛乳の供給と流通の改善 牛乳消費を促進し,生乳需給の均衡に配慮しながら,良質牛乳の供給を図るとともに,近代的な生乳流通施設ならびに輸送体系の整備と生乳の品質改善を推進する。又牛乳処理施設の近代化と牛乳流通体制を整備し飲用化を促進し,乳業の合理化を図る。

   (2)生乳の生産数量の拡大と飼養規模の拡大

  生乳流通の概要

 昭和50年(1975)における生乳生産は13万9,591トンで,その内6万1,972トン(生産量の44パーセント)が主として京阪神方面に県外出荷され,1万4,769トンが県外から移入されているので,差引き9万2,386トンが県内で処理されている。この内6万2,134トン(64.2パーセント)が飲用向けに処理されている。生乳生産量の内12万9,367トン(92.7パーセント)が 指定生乳生産者団体で受託販売されていて,38農協(専門農協9,専門農協連1,総合農協28)から受託し,16乳業者と取引契約を締結し,多元販売を行っている。指定団体の受託販売乳量の内,県が認定した加工原料乳比率は3.54パーセントで順次減少傾向にある。

  乳牛の能力及び保健衛生の概要

 昭和48年(1973),久米郡久米町に設置された家畜改良事業団の種雄牛センターの凍結精液を中心に優良精液を確保し,年を追って乳牛能力は向上をみている。昭和49年度から乳用牛群改良推進事業に取り組み4検定組合が能力検定を実施している。昭和50年(1975)に実施した成績によると,1頭当たり平均泌乳量は,ホルスタイン種5,907キロ,ジャージー種3,427キロという高い能力を示した。しかし,地域によって急激な多頭化や,飼養管理の失宜により,繁殖能力の低下ならびに耐用年数の減少を来している。
 家畜疾病の発生状況については,伝染病の発生はほとんどなくなったが,伝染性疾病や一般疾病の発生は多様化し,増加の傾向にあり,昭和50年度において家畜共済加入牛の内,死廃事故1,029件,病傷事故3万6,463件あり,なかでも乳房炎や繁殖障害等泌乳生殖器病が50パーセント以上を占めていて,衛生管理の失宜による損失はなお大きい。 

   (3)近代的な酪農経営方式の指標

 畜産をとりまく諸条件はきびしく,他産業との所得格差,労働力の他産業への流出,酪農労働の周年拘束性,畜産環境汚染問題,後継者の不足等の影響で,飼養戸数は大幅に減少した。一方,飼養規模を急激に拡大した農家においては,土地基盤の制約や,労働力の不足等の影響で,飼料の自給率が頭打ちし,経営の合理化が阻まれている。
 また,集落内での飼養戸数の減少により,生産ならびに流通施設等の共同利用ができなくなり,個人の投資が多額になる傾向がある。生産流通面において酪農家の散在と,バルククーラーの普及により共同集乳所の運営は困難になった。