既刊の紹介岡山県畜産史

第2編 各論

第2章 和牛(肉用牛)の変遷

第2節 和牛の改良と登録

3.大正年代から昭和前期における改良和種時代

(4) 岡山県産牛の発育と体型

 大正15年(1926),備作種の登録事業を開始したときから現在に至るまでの体型標準または審査標準に示された黒毛和種の標準発育の推移をみ,一方において,岡山県千屋種畜場が昭和初年,県内各産地の産牛の発育や体型を調査した成績(岡山県和牛試験場(1959)試験調査成績概要)により当時の和牛の状態をうかがうことにする。

   1 黒毛和種登録における標準発育の推移

   2 和牛の発育に関する調査

 阿哲郡千屋村(現新見市千屋)を中心とする北部地帯における一般農家の慣行的飼育による牛の発育を,大正15年(昭和元年)から昭和4年(1926−29)にかけて,明け2歳のもの48頭について,千屋分場の調査した結果は表2−2−13のとおりである。これにより,当時の放牧を主とした子牛の発育のいかに不良であったかがわかる。

 つぎに「高山牛の体型に関する調査」として,千屋分場が昭和6年(1931),川上郡高山村(現川上町),平川村(現備中町)および後月郡三原村(現芳井町)の種牝牛(これらの産地で生産保留された5−6歳の体躯の充実したもの)各50頭ずつの測定値を見れば,体高は平均119センチメートル(115−123センチメートル)であって,体各部の発育もすべて標準を下回っていたことがわかる。管囲は相対的に大きかったようである。
 千屋分場において育成した候補種雄牛の発育について,昭和6年(1931)に,「最近5ヵ年間育成した候補種牡牛のうち,発育や体型に差の少ないもの40頭」について,測定した値を示したのが表2−2−14である。
 奥津牛,上斎原牛,加茂牛について,昭和7年(1932),苫田郡上斎原村,奥津町,泉村(現奥津町)加茂町をはじめとする苫田郡産の郡内保留の優良種牝牛で,年齢5−6歳以上8−9歳で,体型の完成したもの(頭数不詳)を,千屋分場が調査した成績によれば,体高の平均が122.1センチメートルとやや小型で,胸深を除く体の伸びと幅はすべて標準に対してかなりかけ離れて小さかった。管囲は高山牛と同じ傾向で標準よりむしろ大きかった。