既刊の紹介岡山県畜産史

第2編 各論

第2章 和牛(肉用牛)の変遷

第2節 和牛の改良と登録

5.種雄牛

(1) 種雄牛の取締り

 明治20年代後半までの一般和牛の繁殖は,放牧中の野交尾すなわち牧牛方式によるか,または南部の舎飼い地帯での鞍下牛などの役用雄牛の中でよいものを種付けに利用するという状態であった。したがって,近世において竹の谷蔓を造成した浪花千代平や大赤蔓を造成した太田辰五郎のように,牝牡ともに選抜して計画交配したのは異例のことというべきであろう。
 国は明治18年(1885)1月24日「種牡牛馬取締方法」(農商務省達第1号)を制定,従来放任されていた種牡牛馬取締上の資格標準を次のように示し,これに基づいて各県の実情に応じて適宜種牡牛馬の取締規則を制定させた。しかし,当時における検査等の記録は見当たらない。

     種牡牛馬資格標準

   第1 牛は満2歳以上満10歳以下のものを用ふべし,ただし洋種は10歳以上に至るも妨げなし
   第2 馬は満3歳以上満16歳以下のものを用ふべし,ただし洋種は16歳以上に至るも妨げなし
   第3 遺伝病なきものを用ふべし
   第4 悪癖なきものを用ふべし
   第5 強壮にして骨格優美なるものを用ふべし
   第6 尺の制限は適宜これを定むべし

 明治29年(1896)に「種牡牛取締規則」を改正し,これに基づいて本格的に種牡牛検査を実施して優良なものに,「産牛奨励規程」(産馬奨励規程とともに,大正11年に畜産奨励規程になった)により,次のように賞金を与えて奨励に努めた。

   種牡牛
   優等賞 一等賞 二等賞 三等賞 四等賞 五等賞
   優等賞ニハ銀牌,一等賞ナイシ五等賞ニハ,洋種ニアリテハ金一〇円以上三〇円以下,和種オヨビ雑種ニアリテハ金七円以上二五円以下の賞金

 明治40年(1907)4月10日,種牡牛検査法(法律第42号)が公布された。この法律の骨子は,農商務大臣の定めた基準により,毎年1回種牡牛検査を実施し,検査に合格したものでなければ種付けに供用してはならない(官庁所有のものは適用外),検査は都道府県に委託して実施する,などであった。県は同法施行規則取扱手続(明治40年9月21日,県令第58号)を設けて,標準を次のように定めた。
 種牡牛たるべきものは左の各号を具備するものであること

   1.年令18ヵ月以上であること
   2.体格強健にして性質温良であること
   3.悪質の疾病または悪癖のないこと

 これにより毎年定期検査を行ない,やむを得ない事由によりこれを受検できなかったものについては臨時検査の道を開いた。
 明治29年(1896)以降の検査成績は表2−2−21のとおりであった。
 つぎに種牡牛検査を実施することにより改良が進み,種牡牛の体格が,明治33年(1900)から45年(1912)までの12年間に6分6厘(2センチメートル)大きくなったことが,岡山県内務部(大正元年)の『岡山県の畜産』に表示されている。
 昭和23年(1948)7月,種畜法(法律第155号)が公布された。これは従来の種牡牛検査法,種牡馬検査法,種馬統制法を1本にしたもので,従来地方に委任していた検査を直接国が実施することにしたこと,衛生検査だけが合否の判定基準となり,家畜改良上重要な血統,外貌,能力などについては,1級,2級,3級に区別し,改良上いかなる種雄牛を利用すればよいかについては,雌牛所有者の自主的な選択にまかせる,いわば民主的なものとなった。
 1級は血統,外貌上もすぐれたものであって,繁殖成績もよいことが実証されたもの,2級は血統や外貌のすぐれたもので将来改良上有効と期待されるもの,3級は種畜として改良上あまり期待できないものとされた。
 この検査は,昭和25年(1950)5月27日に家畜改良増殖法(法律第209号)が公布されると,この法律に継承されて今日に及んでいる。