既刊の紹介岡山県畜産史

第2編 各論

第2章 和牛(肉用牛)の変遷

第5節 肉用牛肥育事業の進展

3.昭和戦後期における肥育事業の進展

  (3) 外国肉専用種の導入

 生きている家畜の貿易自由化は,昭和46年(1971)3月31日づけで,関税暫定措置法(昭和35年法律第36号)の改正により,同年10月から実施された。これにより,牛については改良増殖用のものは無税,その他のものは,体重300キログラムまでのものに1頭当たり45,000円,300キログラム以上のものに75,000円の関税がかけられることになっている。しかし,子牛生産頭数の減少による子牛価格の高騰と肥育素牛の不足,あるいは,増えはじめたドルべらし対策の一つとして,昭和47年(1972)に政令が改正されて,肥育素牛であって,政令の定めるところにより輸入されるものは無税の措置がとられることになった。
 いわゆる無税素牛は,全国段階の生産者団体である全農,全酪連,全畜連および全開連に割り当てて輸入された。これらの価格は,国内到着ベース(年間平均CIF価格)で,1頭当たり15万円から20万円程度と,乳用雄牛の12万円に比べると割高で,一方,枝肉の評価は,乳用雄牛肉程度ということで,輸入を希望する者が少なく,とくに,オイルショックにより,昭和49〜50年(1974〜75)の輸入実績は,皆無であった。この無税子牛の団体別割当数量と実績を示すと表2−5−9のとおりである。

 岡山県へは,この制度により全農の外,国産肉用牛の預託肥育実験事業2,500頭のうち50頭が昭和47年(1972)12月28日に,苫田郡鏡野町の鏡野牧場(三石 実経営)へ導入された。これは,米国テキサス州産で,生後8ヵ月齢,体重約3,000キログラムのアバディーン・アンガス種とヘレフォード種との雑種(ヘレアンという)であった。
 また,昭和48年(1973)5月9〜11日には,久米郡中央町打穴西の中央牧場(代表者小島鉄太郎)へ,全酪連関係で200頭が導入された。これは,アバディーン,アンガス種65頭,ヘレフォード種およびヘレフォード種とショートホーン種との雑種135頭の計200頭で,生体重220キログラム程度のものが1頭平均15万円で導入された。その他にも全農関係で,苫田郡鏡野町の居森牧場および同町の渡辺牧場などへも導入の予定があったが,これは計画のみに終った。
 昭和48年(1973)10月2日,全農の外国産肉用牛の預託肥育実験事業により,鏡野牧場に導入された米国産の雑種14頭が,約1年間の肥育の後,大阪へ出荷されたが,その成績の概要は次のようであった。
 生体重は,382〜502キログラム,平均422キログラムで,平均枝肉歩留りは62.8パーセントで,枝肉1キログラム当たり単価は,1,095〜980円,平均1,064円であった。サシはプラス0.5程度のもので,十分でなく,同時期同市場における乳用雄牛枝肉「中」の平均1,161円より平均100円も安かった。市場関係者からは,やはり体重500キログラム以上にならないと,枝肉としての価値が十分でないと評価された。
 なお,昭和47年(1972)には,繁殖用として,シャロレー種が,赤磐郡瀬戸町の岸本牧場へ,雄3頭と雌2頭が導入され,さらに,苫田郡鏡野町の居森牧場へ,雄1頭と雌10頭が,備北家畜商業協同組合へ雄1頭が,それぞれ,北海道の曽田シャロレー牧場から導入された。しかし,その成績は期待ほどではなかったので,一部は益田牧場へ返納され,他は売却あるいは屠殺されて,今は皆無の状態である。
 そのほか,外国種ではないが,県内産和牛肥育素牛の減少に伴って,昭和45年(1970)ごろから,岡山市高松地区あるいは,総社市昭和町に,熊本県産の褐毛和種の導入が行なわれ,現在でも総社市および小田郡の一部では,これが飼育されている。