既刊の紹介岡山県畜産史

第2編 各論

第2章 和牛(肉用牛)の変遷

第5節 肉用牛肥育事業の進展

5.肉牛または枝肉の共進会

(1) 第二次世界大戦前における肉牛共進会

 岡山県の関係した肉牛共進会は,中国連合畜産共進会の第6回が大正元年(1912)に姫路市で開催されたとき,付帯事業として,初めて開催されている。ついで,岡山市における第7回にも付帯事業として開催されたことは既述のとおりである。
 中国連合共進会において,肉牛が正式の出品に加えられたのは,大正14年(1925)の山口県山口町(現山口市)における第10回が初めてで,このとき岡山県からは,4頭出品して,1頭入賞という成績であった。その後の中国連合共進会には,岡山県からは毎回3〜5頭の肉牛を出品していた。
 県における肉牛共進会の開催記録をみれば,第1回は昭和3年(1928)に,第10回県畜産共進会と共催の形で,岡山市において開催されている。ついで,第2回は,昭和5年(1930)に岡山市で開催されている。
 昭和7年(1932)に牛豚肥育奨励規則が公布されたが,岡山県においては,この年に第1回の肥育競技会を開催し,翌8年(1933)に第2回を,10年(1935)に第3回を開催した。第3回肉牛共進会は,昭和8年(1933)に岡山市で開催され,その翌年に第4回を岡山市において開催した。しかし,これらについての詳細な記録は見当たらない。