既刊の紹介岡山県畜産史

第2編 各論

第3章 養豚の進展

第2節 養豚指導奨励事業

1.明治・大正年代の指導奨励事業

 明治37年(1904)年岡山県種畜場が開場されたとき,最初に繋養された豚はバークシヤー種で表3−2−1の2頭であった。
 当時肉食奨励の声は盛んであって,養豚は各地で行なわれたが,ほとんど失敗に終わり,多くの人は養豚事業に対して大きな疑念を持つようになった。これは豚肉の調理法を知らぬために需要が少なく,豚が少し増えると生産過剰になったためであった。そこで.種畜場は種豚の改良とともに豚肉の調理法の指導も併せて行なう必要があった。

 また,ハムの製造試験も実施した。このころは全国的には4種畜場しか豚を飼っていなかった。
 明治39年(1906)7月22日に,種豚払下規程(岡山県令第52号)を設け,県種畜場からの種豚払下げをはじめた。その第1条には「種豚の払下ヲ為ントスルトキハ種豚ノ種類,牝牡,年齢,頭数,代価,及出願期日並ニ払下期限ヲ告示ス」ということであった。