既刊の紹介岡山県畜産史

第2編 各論

第4章 養鶏の発達

第4節 鶏についての試験研究

1.昭和前期までの試験研究

 この年代における試験研究は岡山県種畜場が行なっている。最初の研究は,大正13年(1924)の鶏卵貯蔵についてであった。その後,雛の発育,雄雛の肥育などが検討されたが,昭和7年(1932)以後については,有畜農業推進のための種卵と雛の供給配布,養鶏の指導奨励と技術伝習,産卵能力検定などの事業を拡大したので試験研究は行なわれていない。

  鶏卵の貯蔵

 大正13年(1924)当時の養鶏は,夏季から秋季の産卵が少なく,この時期の卵価は著しく高騰するのをつねとした。このため,春季の鶏卵を,生石灰の飽和溶液中に貯蔵して,高卵価の季節に備える試験を行なった。このように処理によって,鶏卵は半年間の貯蔵に耐えるという成績が報告された。
 鶏卵の貯蔵中の重量変化については,大正15年(1926)と昭和2年(1927)の調査成績から比較検討している。

  雛の発育

 大正15年(1926)に白色レグホーン種と名古屋種の発育比較試験を行ない,雛の発育にとって動物性蛋白質飼料の給与が必要であると報告した。

  雄雛の肥育

 昭和年代の初期には初生雛の雌雄鑑別はまだ普及していなかったから,産卵鶏仕立ては育成途中で冠や羽毛の伸び具合によって雌雄を分け,雌雛だけを大きくする方法がとられていた。このため,不要になった雄雛の活用法が検討された。
 最初の肥育試験は昭和2年(1927)に始まり,試験終了は昭和6年(1931)であった。この間には去勢した雛の発育,断冠した雛の発育,飼料配合内容などが検討されている。結果の概要は次のとおりであった。白色レグホーン種は去勢しても,断冠をしても増体量はよくならない。名古屋種は去勢することによって増体量と精肉歩留りがよくなった。また,去勢した雄雛は性質が従順となり,肉繊維はこまかく,飼料の利用性を増すことなどが知られた。去勢した雄雛の肥育は,兼用種や肉用種の一部において行なわれるようになり,終戦後もしばらくの間は去勢雛の肥育が行われた。

  鶏肉の貯蔵

 鶏肉の酒粕づけと糠味噌づけによる貯蔵法が昭和4年(1929)に検討された。酒粕づけは酒粕10キログラムに対して,砂糖1キログラムを加えてよく練和し,これに鶏肉をつけ込む。糠味噌づけは米糠10キログラムに対して,温湯4リットルと食塩1.2リットルを加えて練和し,これに鶏肉をつけ込むことが行われた。その結果,酒粕づけの鶏肉は約2か月,糠味噌づけの鶏肉は約3か月の保存がきくと報告した。

  卵質の改善

 卵黄の色をよくしようとする試験が,昭和2年(1927)に行なわれた。その成績は表4−4−1のとおりで,卵黄の色を濃黄にするには青菜を給与するのが最もよいと報告した。