既刊の紹介岡山県畜産史

第2編 各論

第5章 その他の家畜家禽

第3節 山羊

1 わが国山羊飼養の推移

 わが国の山羊の主体をなすものは,明治維新後西欧諸国から導入された乳用のザーネン種であった。明治中期になると山羊による搾乳業がはじまり,明治末期にはスイスから乳用種の輸入も行なわれて,乳用牧場との兼業や山羊専業者も全国各地に現われるようになった。
 明治末期に長野県佐久盆地に導入された山羊は,この地が山羊に好適の立地条件であったことと,人的にも山羊熱にとりつかれた何人かの先覚者があったため,山羊増殖基地が形成されるようになった。その後,大正,昭和と引き続き農林省畜産試験場の種山羊の払下げなどの助成に支えられ,昭和10年(1935)ごろには最もまとまりのよい山羊基地となったのである。
 昭和14,5年(1939−40)ごろから長野県佐久,小県などの地方から,小頭数ながら全国各地に移動がはじまった。第二次世界大戦中,食糧増産の一翼を担って,貴重な動物性蛋白質と脂肪とを,おもに草資源から生産する山羊は,最も安易に食糧自給にこたえるものであるということで,大きく飛躍したのであった。
 終戦後は,全国的に本格的な山羊ブームが起こり,新興産地も生れ,農林省,府県関係機関はもちろんのこと,民間諸団体においても,その増殖改良に真剣にとりくみ,戦後10年間において量質ともに急速な伸びを示し,泌乳能力など世界の最高水準にまで達したのである。