既刊の紹介岡山県畜産史

第2編 各論

第5章 その他の家畜家禽

第7節 その他の家畜家禽

1 カナリヤ

 県の南西部の瀬戸内沿岸は,古くからカナリヤの飼育が盛んであって,昭和40年代の年間生産羽数は,全国の約60%に当たる35万羽を数え,この中20万羽を米国をはじめ欧米へ輸出する状況であって,現在全国第1位の生産県である。
 岡山県畜産課によれば,昭和42年(1967)に県内11クラブ(生産者500名,種禽5万羽)を下部組織とする岡山県カナリヤ協会(会長 中嶋弘)が設立され,次のような事業を実施している。まず,昭和43年(1968)にカナリヤ痘防圧のため,西独から予防液の輸入を図り,さらには,国内生産の予防液を一括購入して生産者に配布し,本病の発生を未然に防止した。つぎに,翌44年(1969)から岡山県カナリヤ品評会を毎年開催し,カナリヤの資質の改善向上と生産意欲の高揚とを図っている(注 第1回の県カナリヤ展示会は,昭和25年(1950)岡山市において開催されているが,その後,毎年開催されてはいない)。販路拡張事業としては,鶏のニューカッスル病を米国に伝播させる危険があるとして輸入禁止されたカナリヤが,本病に感染していないという証明をすることによって輸出の再開に努めた。その結果,昭和50年(1975)輸入相手国の輸入検疫の強化を条件として,輸出が再開されることになった。その他,国の行なう農林水産祭,県の農林漁業祭その他の機会を積極的にとらえて展示即売会を開くなどして,販路の拡張に努めている。
 岡山県観光物産課によれば,昭和46年(1971)までカナリヤの輸出は順調であったという。同年中,岡山県のカナリヤ輸出額は,国全体の60−70%を占め,全額1億5,233万円(米国へ1億4,387万円,欧洲へ846万円,同年中の県の輸出総額は1,755億円)であった。ところが,翌47年(1972)には,アメリカが鶏のニューカッスル病予防のため,輸入禁止の措置をとったため,輸出額は2,300万円に激減し,さらに48年(1973)になると,欧洲向けに僅か7,065,000円を輸出したに止まり,以後輸出は途絶した。前述のように昭和50年(1975)から輸出再開のみちは開かれたとはいうものの,輸出実績は往年に比ぶべくもない。
 昭和51年(1976)に知事感謝状を受けた鴨方町上村寅之助は,カナリヤを産業ベースで近代的な経営を行なう者として,数少ない存在である。
 ここで,カナリヤその他の小家畜について,近年の飼育状況を表5−7−1に示すことにする。