既刊の紹介岡山県畜産史

第2編 各論

第5章 その他の家畜家禽

第7節 その他の家畜家禽

4 タヌキ

 欧米のゼントルマンに毛皮熱の高まったのにヒントを得て,和歌山県,岡山県浅口郡等にタヌキの人工養殖を試みる者が続出,上房郡中津井村(現北房町)に伝来したのが昭和6年(1931)のころであった。いわゆる「とらぬ狸の皮算用」で,鼡算式にふえる種狸を高価に売れる計算をたてた。昭和9年(1934)秋,岡山県の副業係でも大いに力を入れ,農林省から担当技師も派遣され,全国第1号の「養狸組合」がこの村に誕生した。同10年(1935)ごろ,同村に狸を飼う家が100戸を超えていた。日華事変の勅発により,輸出は止まり,金網等の資材は入手難となり,1番600円もしたものが,僅か5円,終にはタダでも引き取られなくなって,「狸にばかされた話」は結末を告げた。小田郡では,昭和12年(1937)当時,狸飼養頭数33戸,頭数146頭(雌93,雄53),生産88頭,斃死6頭であった(小田郡教育会(昭和16年)の『小田郡史(下巻)』)。