既刊の紹介岡山県畜産史

第2編 各論

第7章 家畜衛生

第3節 家畜人工授精の発達

2 家畜人工授精技術の進歩

(1)液状精液

   1 精液の採取

 昭和23年(1948)ごろ和牛の人工授精が開始された当初は,精液採取には人工膣法が用いられ,擬牝台に乗駕しにくいものには直腸マッサージ法や膣内採取法が併用されていた。当時の農林省畜産試験場中国支場において各種の精液採取法につき比較検討した成績では,人工膣法が最もすぐれた方法であることが証明され,この方法が今日まで広く実用されている。そのころ,電気射精法について京都大学その他で試験されたが,特定の場合を除き牛については実用的でないことがわかった。
 昭和35年(1960)から人工膣にさらに改良が加えられ,乳牛で今日みられるような三重壁の人工膣で,しかもダブルの精液採取びんを装着したものが広く使用されるようになった。

   2 精液の検査法とその性状

 昭和20年(1945)ごろから現在みられるような精液性状検査板や,その加温器などが考案され,広く使用されるようになった。また和牛の精液性状についても,精液量,PH,精子の形態,精子の運動性や生存率など一般性状が明らかとなって,人工授精のための基礎資料が得られるようになった。

   3 精液の保存法

 昭和12,3年(1937−38)ごろから20年(1945)ごろまでは,原精液のままか,ブドウ糖液や生理的食塩水で数倍まで希釈したものを,摂氏4度程度で保管する方法が採用されていた。この方法では精子の授精能力は,ほぼ1〜2日しか保持できず,従って,この段階では精液の輸送授精よりも,むしろ雌牛をひきつけて授精が行われることの方が多かった。しかし,昭和25年(1950)ごろから,日本独自の着想にもとづく市販名セミナンなる一種の卵黄緩衝液が広く使用されるに及び,牛精子の授精能力を3〜4日保持できることとなり,これによって人工授精の運営の組織化が現実のものとなり,今日のような隆盛を見るようになった。

   4 精液の注入法

 肉用牛で人工授精が用いられはじめた昭和12,3年(1937〜38)ごろから25年(1950)に至る間はもっぱらガラスピペットと膣鏡を用いた子宮外口部注入が行なわれていた。その後,昭和30年(1955)ごろまでガラスアンプルに精液を1tいれたものを注入器に挿入して,これを子宮外口部に注入する,いわゆるガラスアンプル法が全国的に広く普及した。しかし,昭和31年(1956)以降,前記の二方法に替り,いわゆるストロー法が広く用いられるようになり,今日に至っている。
 ストロー法によれば注入用具の完全消毒を前提として,子宮頸管深部や子宮内に直接注入できる,いわゆる深部注入を行うための子宮頸の固定には,頸管鉗子によるいわゆる鉗子法と,直腸壁を介して手で行なういわゆる直腸膣法の2者が採用されている。
 精液の注入量と注入精子数は,以前から注入方法のいかんにかかわらず,1t,1億以上を基準として今日に至っている。しかし現在凍結精液においては0.5tの細型ストローを利用し,融解後の精虫数と活力の基準を卅約3,000万としている。