既刊の紹介岡山県畜産史

第2編 各論

第7章 家畜衛生

第4節 家畜診療と共済制度

2 家畜共済制度の変遷

(1)家畜保険法

   1 制定までの経緯

 わが国の家畜保険の源は,農村に自然発生的に行なわれていた講,無尽,頼母子などで,その動機や方法は千差万別であるが,その基礎となるのは隣保相互の精神であり,近隣郷党が相寄り,共同して金品を蓄積し,家畜の斃死,廃疾などによる損害を相互に救済し,あるいは家畜の購入資金の調達などに便益を与えるというものであった。明治初期における重要な勧農政策の1つとして,広く海外から優秀な家畜を導入して品種を改良し,畜産を振興することがあった。これは畜産業近代化の発端となると同時に,新しい獣疫の侵入をも許すことでもあった。これに対し,政府は次々と法的予防措置を講じたのであるが,年々数万頭におよぶ伝染病の発生は,零細な養畜農家に致命的な損害を与えることになった。
 明治19年(1886)に政府の委嘱を受けたドイツ人,パウル・マイエットは「農業保険論」を起草し,その中で農民の窮状を救うためには,強制保険の実施以外に良法はないと強調している。また,同24年(1891)東京大学に招かれたドイツ人,ウドー・エッゲルトは「日本振農策」の中で「家畜もまた保険の一大目的物なり,これに関する農事保険の設立を熱望するようになるであろう」と述べている。さらに家畜衛生学を研究していた獣医学博士津野慶太郎は,明治36年(1903),ドイツをはじめ欧州各国の家畜保険を調査して,同39年(1906)『家畜保険論』を出版した。
 こうした情勢の中で,営利を目的とした家畜保険会社がいくつか設立されたが,いづれも事業不振のため廃業している。その後明治33年(1900)に「産牛馬組合法」(法律第20号)が制定されたころから,従来の講,頼母子などのほかに小規模の農家が申し合わせの組合をつくり,家畜共済事業を行なうものが各地に起こりはじめている。やがて大正4年(1915)産牛馬組合法を拡大した「畜産組合法」(法律第1号)が成立し,組合の1事業として家畜共済事業を行なうことができるようになった。この制度は給付,反対給付をともなう保険事業ではなく,一種の救済事業的性格のもので,一部の申し合わせによって設立されていた組合が行なっていた共済事業よりも不完全な面があったとされている。
 ともかく,この法律によって畜産団体の面目は一新され,明治の中期から末期にかけての家畜保険制度化の声は一時小康を得たのであった。ところが畜産組合の家畜共済事業の実態が明らかになるにつれて,大正10年(1921)ごろから次第に近代的な家畜保険制度の実現を望む声が高くなってきた。
 これらを背景にして,大正15年(1926),政府は農林関係保険の実施に必要な調査を行うこととし,商工省に損害保険制度調査委員会を設け,原始産業に関し実施の可能性のある保険について諮問した。これを審議する第2特別委員会は,昭和2年(1927)9月から12回にわたる会合を重ね,翌3年(1928)7月調査を終了し,これらの結論を基として作成された「家畜保険法案」および「家畜再保険特別会計法案」は,昭和4年(1929)2月招集された第56回帝国議会において可決され,3月28日公布となり,わが国農林関係の保険制度の第1号として「家畜保険法」(法律第19号)が同年9月1日から施行されたのである。

  2 家畜保険制度の概要

 飼養者が所有する牛馬の相互保険を目的とした家畜保険組合が元受けし,政府は家畜再保険特別会計法に基づいて再保険を行なうものであった。 
 家畜保険組合は法人とし,原則として郡市の区域を範囲とするように定められ,専任の技術員を設置するために要する経費の2分の1が,組合設立後3年間国から補助された。
 岡山県では表7−4−1に示すように,昭和5年(1930)3月設立された川上郡家畜保険組合をはじめとして,昭和8年(1933)までに11組合が設立されている。また,昭和9年(1934)5月末日現在における保険引受状況は表7−4−2のとおりであった。家畜保険組合は,昭和23年(1948)「農業災害補償法」(法律第185号)の施行まで続いた。
 この保険の行なわれた期間の大半は,戦争という悪条件下にあり,政府の保護助成も極めて薄かったが,関係者の努力により,農家経済の安定に,また,畜産資源の増強に大きく寄与した。

(1)家畜保険の保険者
 郡市区域の相互組織による家畜保険組合が元受保険事業を行ない,政府が自ら再保険業務を行なう。組合員は牛馬の所有者に限る。
(2)保険目的および保険事故
出生の日から起算して6カ月以上11歳以下の牛および明け2歳以上,明け16歳以下の馬とし,死亡を事故とする。ただし,法令による殺処分および切迫屠殺を含む。屠殺による死亡は含まれない。
(3)保険料期間
 保険料期間は1年である。
(4)保険料
 保険料は前払い,かつ,一時払いとし,用途によって料率を異にする。保険料は純保険料および付加保険料とし,純保険料率および付加保険料率は施行規則別表に定める率を下ってはならない。
(5)損害補填の方法
保険金額は,保険価格の5割から8割までの範囲内で定める。組合の支払う保険金の額は,死亡原因の発生前の家畜の価額から,肉皮等の価額および法令の規定により受けるべき手当金を控除した残額に,保険金額の保険価額に対する割合を乗じて算定する。
(6)再保険
 保険組合と政府との間の再保険関係は当然成立で,再保険金額は元受保険金額の10分の5とする。
 再保険料は,再保険金額に,組合が農林大臣の認可を受けて定めた純保険資料率に,その100分の13を付加した率を乗じた額とする。