既刊の紹介酪農経営診断のまとめ平成12年

酪農経営診断のまとめ 平成12年

今後の課題

1.酪農生産力の確保

 T章の経営環境でもみたとおり,岡山県の生乳生産量は平成8年以降,急速に低下している。その背景には酪農家戸数の減少と,それに伴う飼養頭数の減少がある。したがってこれらの歯止めが急務である。
 酪農家戸数の減少は,T章のまとめにも記したが,大きく分けて3つの要因が考えられる。一番目は経営主の健康問題や老齢化によるリタイヤで,後継者不在がその背後にかくれている。後継者不在の要因は労働環境と収益性の問題として捉えられる。二番目は経営立地環境に関係する経営中止で,土地制約による経営の発展性の限界や,混住化の進展による経営継続性の限界が要因としてあげられるが,背景には経営移転の難しさがある。三番目は経営の収益性の低下や酪農経営環境の先行きの不透明感で,新たな投資の必要性などが引き金になり,経営が中止される。
 したがって,岡山県の酪農生産力を維持するためには,必要な収益を他産業並の労働水準で実現できる経営を育成することと,経営移転を支援する体制の整備がポイントになる。
 また,減少に歯止めをかけるだけでなく,積極的に新規就農希望者を受け入れることも,酪農生産力を維持するためには不可欠である。しかし,新規就農時の経済的ハードルは高く,その引き下げがポイントになる。

(1)継続可能な経営の実現

 必要な収益を他産業並の労働水準で実現する,このことは,次に示す家族経営を前提とした場合の,経営継続条件のクリアーに等しい。
 昨年も示したが,家族経営を前提とした場合,経営継続の条件を示せば以下の2式で表すことができる。

 @ 所得−借入金償還額>=家族最低所要生計費

 A 家族労働力1人当たり労働報酬>=地域の他産業従事者の給与

 すなわち,所得総額が必要な生計費と借入金の返済を賄えることと,他産業への労働力(特に後継者)の流出を食い止めることができることである。
 ところが現実には,調査25事例の酪農部門の償還額控除後の経常所得をみると5,000千円以下(5人家族,1人当たり所要生計費1,000千円を想定)の経営が15事例あり,うち1事例は他部門の所得を加味すると5,000千円を超えるので,14事例が@を満足していないことになる。但し,減価償却費は現実に資金流出を伴わないので,減価償却費を費用から除外すると,それでも9事例が@の条件を満たしていないのである。逆に@とAの両方の条件を満たしているのは4事例にすぎない。
 それでは,この二つの条件を満足させるために必要なことを考えてみたい。
 それは,以下のように整理できる。
 
ア 経産牛1頭当たりの経常所得を高く保ち
イ より多くの頭数を省力的に効率よく飼養する

アを実現するためには,生産コストを引き下げることと,事業外費用を低く抑えることである。また事業外費用を大きくする要因は,支払利息と経産牛処分損である。ちなみに減価償却費を費用から除外しても@をクリアーしていない9事例の生乳100kg当たりの生産コストは8,780円,経産牛1頭当たり資金借入残高は953千円,経産牛1頭当たり経産牛処分損は42,602円と,いずれもきわめて高くなっている点からもこのことが理解できる。
また,家族労働力1人当たり所得階層別比較で,上位階層がこの条件を満たしていたことは,先程見たとおりである。
 イを実現するためには,飼養頭数規模の拡大と省力的な飼養管理施設・機械の導入を検討する必要がある。飼養頭数規模別の項でもみたように,規模の経済性は働いており,放し飼い方式導入による労働生産性の向上は明らかである。Aをクリアーしている4事例のうち2事例が放し飼い方式であることにも注目して欲しい。

(2)経営移転,新規就農に対する支援

 飼養頭数規模を拡大したいのだが,土地に制約があり規模拡大ができず,経営移転となると投資額があまりに大きく,将来に夢が描けない経営は少なくない。また,酪農ヘルパー等,専門的な知識や技術を身につけた,酪農経営に新規に参入を希望する者も少なくないが,ここでも新規に経営を開始しようとした場合,あまりに初期投資額が大きく,夢を実現しにくいのが実状である。
 その一方で,経営中止は後を絶たず,畜舎や施設は放棄されている。これらの放棄された畜舎や施設を経営移転希望者や新規就農希望者が活用する仕組みをつくることが,既存の畜舎や施設という酪農資源の有効活用にもなり,移転時や新規就農時のハードルの引き下げにもなる。
 現在,岡山県内では,規模拡大を希望する酪農家や新規就農希望者に対して,ホクラク農協がリースや買い取り等,様々な形で有効活用を図るための仲介業務をおこなっている。もちろん,経営中止農家の畜舎や施設を有効に利用するためには,一定の条件があり,どの物件も利用できるというわけではないが,酪農家戸数と乳牛の飼養頭数の減少に歯止めをかけるためには,ホクラク農協のこのような取り組みを県下全域に広げる必要性がある。

2.経営継続上の課題

 飼養頭数規模拡大や放し飼い方式の導入は,収益の向上に有効な手段であるが,一方で施設導入や増頭といった投資とそれに伴う借入金の増加,また多頭飼養によるふん尿処理コストの増加といった問題を抱えることになる。

(1)初期投資額の抑制
 酪農家が行う投資で一番額が大きいものは,繋ぎ飼いから放し飼いへの移行に伴う施設の変更である。本会では平成12年3月に県内の放し飼い経営28事例を対象に,牛舎に対する投資額を調査した。その結果を整理したのが表1,表2である。ここでまとめたのはあくまでも畜舎の上屋部分だけで,パーラー棟及び付属する搾乳施設に対する投資,また,土地造成等に係る投資は含まれていない。
 表のようにフリーストール牛舎の1u当たり平均単価は補助金圧縮後で17.9千円,フリーバーン牛舎で17.3千円となっており,フリーバーン牛舎の方が若干低価格となっている。それだけの理由ではないが,ここ数年の放し飼い方式導入経営はすべてフリーバーン牛舎を採用している。一方,フリーストール牛舎の1u当たり単価の最高額と最低額をみると,補助金圧縮後で最高額が45.4千円,最低額が8.2千円,同様にフリーバーン牛舎の最高額が27.8千円,最低額が2.4千円となっており,放し飼い全体でみると,最高額と最低額で18.9倍の開きがある。フリーバーンで1u当たりの投資額を抑えている事例は,畜舎を自家労力で建築した事例であり,フリーストールは補助事業利用例である。但し,補助事業利用例の補助金圧縮前の1u当たりの投資額はフリーストールで40.3千円,フリーバーンで48.4千円となっており,補助金を利用していない事例の1u当たりの投資額(フリーストールで22.4千円,フリーバーンで17.4千円)と比較すると,フリーストールで1.8倍,フリーバーンで2.8倍となり,堅牢性等を考慮すると単純には比較できないが,より一層の低価格導入の余地は残されていると判断できる。
 したがって,新規に放し飼い方式の導入を計画している経営者は,この点を十分に考慮に入れる必要がある。


注:平成12年3月 社団法人岡山県畜産会調べ

(2)ふん尿処理対策

 昨年もこの項で記述したが,今後の酪農経営の最大の課題は,経営内で産出される家畜のふん尿を上手に処理することができるかどうかという点であることは間違いない。診断対象経営においても,経産牛1頭当たり飼料作付延べ面積は12.1aで,TDNベースで見た飼料自給率は9.5%に過ぎない。家畜のふん尿をほ場還元により処理しようとした場合,概ね30aが必要と言われている。したがって,1事例を除き,畜産部門での自己完結は困難ということになる。ましてや飼養頭数規模拡大農家にとっては,ふん尿処理が経営存続の可能性の命運を握っていると言っても過言ではない。
ふん尿処理には施設・機械への多額の投資と,ふん尿処理と処理したふん尿の部門外へ持ち出すための労働投下が必要となる。
 この負担をいかに減らすかが鍵となるが,堆肥センターの建設や生産された堆肥の流通などに対する関係機関の支援は欠かせない。また同時に,酪農経営者も耕種と連携した集落単位の営農,飼料生産などに積極的に取り組むなどの努力が必要である。