| ホーム>岡山畜産便り>岡山畜産便り昭和25年1月 |
私が昭和18年に県産連の乳牛預託事業によって酪農業に突入した当時は戦争中のことで飼料事情等が悪く金輪際難儀をしたその挙句今後の酪農業は自給飼料によって経営せねばならぬと先輩から教えられそこで葛萩を山野に栽培し飼料を豊富にしようと決意し文献の収集を始めた。偶々このことを時の県畜産課酪農主任安藤秀夫氏に打明けたところそれはよいことだ僕は岡山種畜場へ在任中山野からクズを移植したが終に失敗した同様千屋でやっても成功しなかったがそれはよい思いつきだ一つ成功してもらいたい大いにやりたまえ成功したら僕も教えてもらいたいクズの移植は実に困難なものだと述懐された。私はそこでクズの栽培を誓ったのである。当時は戦争中のことで思う程の研究も出来なかったが終戦後の昭和21年6月号のリーダースダイジェスト創刊号の『日本のクズ米国にはびこる』というラッセルロード氏の記事を読んですっかり感激し原産地の日本が無関心であってはならぬと発奮し即座に山行きを決行してクズの苗を掘って来て植木鉢に植付たところ9月であったにも不抱活着した。それに力を得て11月にはクズの実をもとめて山野を歩いた翌22年の春から実生と取木に着手したが両方とも成功した。これが評判になって各地から視察に来られるようになりこの年の9月に安藤氏も東京の飼料公団入りとなりその出発前に視察され4年前に県庁での約束を果したことを二人は喜び合って大いに語り激励の辞を残して数日後氏は東京へと去られた。翌10月に飼料学の権威者斎藤博士が明けて23年の早々造林の権威者林試高島分場長倉田博士の一行が視察された。此年は県の畜産振興5カ年計画の初年度に相当しこれに即応し予て計画の通り草刈場に多数の苗を植付たが今年の夏には蔓の伸びるに従って3尺角に1本の割合に取木し肥培に勉めたところ反当1,200本植えの理想通りクズの採草地が出来上った尚をこの外にトゲナシアシヤ,ネム,イタチハギ,シラハギ,等を採草地に植付飼料林の育林中である今回県畜産課に於て『畜産便り』の編集に当りクズの栽培法に就いて概要を書いたのである。
クズは豆科植物の蔓本で北は北海道から南は九州のはてまで分布し葉は牛馬の飼料にしたり其の根は古からキキン時の食糧や漢方薬のカッコンユに用いられたりクズ粉の製造では可成有名な植物であるがこれが一度造林地や草刈地に浸入すると木を巻き倒すので障害植物としてヤッカイ者扱にされていてこのところ,日本では不遇といったところだったがこれが1876年今より74年前に種子が米国に渡り今では南部の綿花栽培地帯で砂防用や家畜飼料用として広大な面積に渉って栽培せられ今では重用な作物となっていると聞いて驚かざるを得ない。吾国でもこれに刺激を受けて再認識されて栽培と研究が行われるようになった。
◇クズの資料的価値
クズの葉や蔓に蛋白質が多く含まれていてフスマに劣らぬ飼料で蛋白質の不足している現在では重用な飼料であるから下に成分比較表を掲げてその価値を知って頂いて天然産のものを積極的に利用してほしいものである。
(昭和17年8月号「帝国畜産」櫻井勝壽氏に依る)
| 種類 | 一 般 成 分 | 可消化 無窒素物 | 摘 要 | |||||||
| 水分 | 粗蛋白質 | 粗脂肪 | 可溶性無窒素物 | 粗繊維 | 粗灰分 | 燐酸 | 石灰 | |||
| フスマ | 13.00 | 15.90 | 3.60 | 53.20 | 8.30 | 5.50 | 1.68 | 0.31 | 11.30 | 片山・後藤両氏に依る(試料情況不明) |
| クズの葉 | 13.50 | 14.90 | 2.30 | 28.00 | 35.60 | 5.70 | 0.60 | 1.65 | 7.40 | 石塚・後藤両氏に依る(試料情況不明) |
| ハギの葉 | 13.50 | 14.30 | 3.50 | 40.70 | 24.10 | 4.00 | 0.50 | 2.68 | 4.40 | 同 上 |
| アカザ | 11.90 | 19.30 | 1.50 | 34.90 | 14.60 | 17.90 | 0.77 | 3.70 | − | 陸軍獣医学校(試料情況不明) |
| ルーサン | 16.50 | 14.20 | 2.60 | 29.20 | 29.50 | 8.00 | 0.65 | 2.52 | 6.20 | ハンソン氏に依る(試料情況不明) |
| レンゲ | 13.50 | 17.50 | 2.50 | 36.00 | 23.80 | 6.70 | 0.41 | 1.07 | 11.80 | 片山・後藤両氏に依る(試料情況不明) |
| クズ茎葉 | 7.08 | 16.08 | 2.52 | 40.70 | 27.40 | 6.13 | − | − | − | 陸軍獣医学校による(昭和17.5.7小田原急行沿線採集) |
天然に生えているものを見ると谷間や窪地で水分が多いが水排けのよいしかも肥沃砂礫地などによく繁茂していて大体ナラや,クムギの生えている地帯だとよく成育する堤塘や大きな畦畔などは絶好な栽培場である。
草刈場の苗の準備に2つの方法がある。
一.予め圃場で実播,取木挿木の3つの方法で育苗して置いて目的地に植出す方法。
二.草刈場の現地で実播挿木移植の3つの方法で別に苗床を造らずに現地を苗床としてゆく簡便な方法でこの方法を新式といって置こう。
育苗法に実播,取木,挿木,移植の4つの方法があって一長一短で簡単にその優劣を決定し難いので場所時期目的によって最も便利な方法で実行されるのがよい。
実播,挿木,移植,の3つの方法で親木を作って実播挿木取木の3つで育苗して草刈場に植出する方法であるが無経験者は花卉園芸書等参考にして実行されたい。
(一)【実播法】この方法は一時に多量の苗を育成する時と遠方から貴重な品種を取寄せて作る場合とに都合のよい方法である。
(1)種子の採集時期と貯蔵法 天然の木から11月から12月中旬頃迄に採集した種子を茎から取出して木灰と混じて瓶に入れ密栓貯蔵する。
(2)播種期と発芽促進法 5月上旬に瓶から取出して麦の種子発芽促進法と同様に一夜風呂湯浸をして翌日ふくらんだ種子を取出して水流しして播種し,ふくらまない種子は再度風呂湯浸をすればよい。湯の温度は摂氏37−40度位が安全である。
(3)鉢播法 園芸用の播種鉢のない場合は1尺角深2,3寸の箱鉢を造って砂播きとして上に硝子を載せて置き温度水分受光に注意するとよく生える。
(4)鉢土と移植法 双葉がよく開いた時竹製のピンセットで抜き取って素焼の三寸鉢に腐葉土3畑土3,砂3の調合土で秘植し灌水してよしづ1枚の日覆の下で管理する。
(5)其後の肥培管理と草刈場に植出し 本葉2枚位出た時から鶏糞5,60倍の水肥施し初め6月下旬には本葉6,7枚となるから目的地に植出す。
(6)床播法 育苗用の親木の苗を作るのに行う方法で風呂湯浸をした種子を親木の育成の時には3坪に1ヶ所数粒播きとする。
(二)【挿木法】クズは節部から非常によく発根する特性を持っているから早春から梅雨期中に山野から無病の長い2,3間もある蔓を採集し葉のある時は葉を摘み取って地面に接して緩な波状形に挿木する。蔓は3尺置き位に節の部分が地面に少し表われる程度でよく覆土は2,3寸でよく土中の部分が多い方がよい。
(三)【移植法】早春発芽前に山野から蔓と根を各々1尺位つけて掘って来て庭園や畑の一隅に移植する。
取木育苗法
床播法挿木法移植法の3方法で培養した親木の蔓が伸長したら蔓直しをして蔓を一節置きに其の場で取木をする。取木の要領は地面を2,3寸掘って節の部分を埋め覆土して置き其後更に蔓が伸びるに従って9月上旬まで取木してそこに明春まで置くのであるが4寸位の植木鉢があれば伸びた蔓の下へ鉢土を入れて行き一節置きにおさえ木を横へ入れ土を入れて乾燥しない程度に灌水して置くと2,3週間すると発根するから各鉢に1節ずつつけて切断し数日間肥培管理して草刈場に植出す。
病虫害防除法
斑点病がくるが6斗式石灰等量ボルドー液で完全に防除が出来るが疣病というのがあるがこれは今のところ対策なし。害虫では6月中旬から赤ダニが来るがこれは0.1度の石灰硫黄合剤をすれば相当繁殖していても3回散布すれば完全に駆除が出来るが少し早目に散布する方がよい。
(一)【草刈場への移植】圃場で繁殖した取木等で育成した苗と山野の株を蔓と根とを各々1尺ずつつけて早春発芽前に掘って来て根付ける夏期植付の場合は面倒でも活着するまでは灌水してほしいものである。
(二)【挿木法】この挿木法は林試高島分場長倉田博士の研究で長い蔓なりに挿木する方法で前に圃場育苗の挿木法の所で述べたから方法の説明を省略する。
(三)【直播】草刈場へ直接南瓜播種床の要領で直径約1尺位の播種座を造って風呂湯浸をした種を1ヶ所10粒位播き上に小さい木葉を少し覆って発芽を助成する。
(四)【更新法】クズの草刈場に天然に乱雑に生えている所は1度刈場の清掃を行うことが必要である。
苗木を多数植付けると完成期は早いが育苗に手数がかかるから最初は反当75−150本位が適当ではないかと思われる。
前述の方法で植付けた苗や更新株からの蔓が伸長したら梅雨期頃から9月上旬にかけて3尺角に1本の割合で取木して2,3年がかりで予定の全面積に取木を行い最後に反当1,200本植えの採草地を造るのである。
施肥は廏肥反当300貫で早春発芽前に1回150貫施肥し6月中旬より7月上旬第1回刈後150貫施肥する。尚石灰を反当30貫位施すと更によい。
第1回刈取 6月中旬より7月上旬迄
第2回刈取 9月中旬迄
収量は2回で反当約500貫位。
給与量及方法は他の青刈大豆と何等異るところなく乾燥やサイレージとして給与すればよくここに特筆すべきことは天然産のクズをたべさせると往々蔓を残すが今回栽培したものは全々残さないできれいにたべることである。
当地方では家畜の為めによい草を作って家畜を飼うという習慣が乏しいがこれにひきかえて欧米では古くから品質のよい草の研究と改良に努め数多くの優良な牧草と優秀な家畜とを作出している吾国も武器をすてて文化国家を建設しようというのであるから茲に於て吾等畜産人は過去の悪習をすててクズの如き世界に誇るに足る優良な環境に適した国産牧草を繁殖栽培し飼料を増産し世界に誇る山野を利用した農業国を建設する一助となりたいものである。
筆者は久米郡福渡町に於て葛の研究家として有名である。