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育雛は養鶏中最も重要であり,又至難な技術であって,「養鶏業の成否は育雛にあり」と言っても過言ではあるまい。殊に人工育雛にあっては特殊の技術と細心の注意を払わなければ十分な成果を得る事が困難である。次に人工育雛について遂次述べてみよう。
優秀な設備,技術,飼料も良雛を得て初めてその真価を発揮する事が出来るのである。雛は信頼の置ける孵卵場より購入し,更に良雛を開始するに先立ち次に述べる様な健康そのものの良雛のみを選択し,弱雛を厳重淘汰する。
健康雛の外貌
1.孵化当時の体重約10匁以上のもの
2.体が緊り,よく乾燥したもの
3.眼は青澄であり,運動活発なもの
4.鳴声は晴朗であり力のあるもの
人工育雛には種々の様式があり,各々其の特徴を有して居る。之を給温の方法により分類すると自温式と給温式の2つに大別するか出来る。
自温式の育雛は雛自身より発散する体温を以て器内の温度を保つ様に作られたもので,外気温の比較的高温な場合に小羽数の育雛に用うれば良結果を得る。
給温式には種々のものがあり,其の温源も電熱,石油,温泉,煉炭,木炭,タドン等である。其の様式により分類すると普通箱型,傘型,温管式,立体箱型(バタリー式)温床式等に分類することが出来る。
小羽数育雛には電球を使用し箱型様式で行うと簡易で割に良結果を収めるものである。
大羽数になると,良雛舎,設備,温度等により左右されるため,之等の条件に合う様式で,その特徴を生かして実施すると良い。
育雛上,雛の適温を得る事は重要な事項である。所謂標準温度は一つの基準であって,之に全く頼ることは非常に危険な事である。寒暖計の示す温度が標準であっても雛の感ずる温度は湿度其の他の条件により異なるものである。適温は雛の状態により決定するものであつて,雛の鳴声,就眠,挙動,採食状態等にとり判断するのである。
育雛器の様式により若干の相異はあるが,各場所の同温である事は反って有害な場合がある。若干の差即ち華氏の約5度前後の差をつけ,雛の欲する所で体ます様にするが良い。
育雛期間中に,高温,温度の急変及び低温に過ぎることは危険である。然し雛の密集せざる程度,及び食欲の減退せざる程度に於て稍々低温の方が健全な雛を育成する事が出来るものである。
標準温度(検温の位置は床上約6pの部とする)
孵化直後 華氏96−100度
〃 1週間 〃 95度
〃 2週間 〃 90度
〃 3週間 〃 85度
〃 4週間 〃 82度
給温育雛の給温停止の時期は外気温及び自温により十分成育出来る事によって定めるのであって,其の時期は孵化育雛の時期,外気温,品種等により異なるが,冬季育雛は孵化後35−40日,春季育雛は30−35日,夏季育雛は30日を標準とする。勿論給温停止後も寒冷な日中,及び夜間は給温する必要がある。寒冷な時は雛はかん高い鳴声を上げて頻りに訴え,運動が活発になるか,又は羽毛を逆立さして萎縮し停止するものであるから容易に知る事が出来る。特に夜間就寝中に腹部を冷却する事は消化器病特にコクシザウム症等を誘発する故夜間は給温室に入れる必要がある。
しかし徒らに給温を続ける事は悪く,前記の日数に達すれば漸次雛を外気温に馴らす必要がある。給温期間を長くする時は唯に燃料の不経済のみならず雛は緊のない抵抗力の無いものが出来,又脚弱症,佝僂病に陥り易い。
湿度過多は各種疾病の誘因をなし,育雛上危険であって,梅雨期に於いて困難な原因も之にある。育雛器内の籾穀及び敷藁は度々交換し,乾燥に勉めることが肝要である。然し反対に乾燥に過ぎる場合は雛は衰弱し,脚弱症に陥り易い故,適当の方法により湿度を増す方法を講ずる必要がある。
育雛上,比較的多くの酸素を必要とするものであるが,保湿のみに気をとられ換気を忘れ勝ちであって,特に自温育雛及び温床育雛に於て注意を要する。換気不良の場合は食欲減退し,弱雛が発生し極端な場合は窒息死に至ることがある。然し,その反対に換気が過度に行われた場合は雛に悪影響を与えるのみならず,温源費を多く要し不経済である。
育雛上太陽光線の必要なことは各種試験の結果明らかである。然し幼雛の場合に於て之が過度に失することは反って雛を刺激し衰弱せしめ有害である。長期間舎内に置き日光光線に浴せしめぬ時は一種の脚弱症となり,或は発育極めて不良なものが発生する。故に出来るだけ日光光線に浴せしめる様にし,若に不足の場合は肝油等の給与により之を補足する様にする。紫外光線は硝子を透した光線中には極めて少いため,近来硝子の代りに紫外光線を通過する「ヴイタグラス」及び「セログラス」等が販売せられて居る。
日光浴の時期は餌付11日目頃より行い,日中晴天無風の日を選び最初15分位より始め遂次増して行き,日光浴と砂浴をさせる。
一般に安い飼料により育雛費を節約するため雛が成長し,摂取分量の増加するに従い漸次粗悪な飼料に変更する傾向があるが,育雛に於ては寧ろなるべく優良な飼料を十分給与し,順調な発育をなさしめ一日も早く成熟する様に周到な飼養管理をする方が結論に於て有利である。
(1)配合 育雛飼料としては栄養学的に出来るだけ多種類のものを配合する必要がある。即ち小米,玉蜀黍,小麦,麩,米糠,芽在,栗,大豆粕,魚粉,骨粉,コロイカル等を配合し之に十分の緑餌を与える。
尚木炭末,腐殖土,川砂は適宜給与する事が肝要である。
次に配合例を示す。
(畜産試験場の例)
孵化後1ヶ月迄
飼料名 第一例 第二例
小米 30% 30%
粟 ― 20
麸 30 ―
芽在 20 15
骨粉 3 5
焼鮒 ― 15
大豆粕 4 ―
魚粉 10 ―
木炭 3 ―
挽割小麦― 15
但し魚粉は5日目より加え始め繭後増加する。
孵化後2ヶ月迄
飼料名 第一例 第二例
小米 20% 25%
粟 15 10
麸 20 15
芽在 15 20
骨粉 5 5
大豆粕 ― 5
魚粉 10 15
木炭 ― 5
挽割小麦15 ―
以上例を示したが之に拘泥することなく,配合は雛に相談し雛の日令,健否,大小,能力,種類,天候,季節等によって,常に変化さして行くことが必要である。
(2)給与,孵化後餌付迄は暖かくして,然も暗い刺戟のない場所に置き静かに休養させる事が必要である。此の時期に余り明るい所に置く事は盛んに餌を求め運動が過度になり衰弱する。又温度は華氏95−100度を標準とする。
餌付の時期は50−70時間後である之の判定は体内に収容さられた卵黄の消化吸収状態による。即ち孵化直後の雛の後腹部はゴム球の様に膨れ張り切って居る。これが次第に収縮し,指頭で容易に撮み上げられ内臓が感知せられる様になれば大部分の卵黄が吸収されて居るのである。又給餌器或は床を軽く打つとその音を慕って雛が集って餌を求める状を呈する時は既に空腹を感じて居る時である早期餌付のものが消化器の内壁に傷を生じ各種疾病の原因,誘因となるが,反対に餌付時期を極度に過ぎたものは衰弱甚だしく食欲不振となり発育が甚だしく遅れる
餌付用飼料は温湯又は水に浸せる小米又は粟等に卵黄を加えて与える。此の際魚粉等は加えぬが良い。卵黄は生卵の儘小米等に混合し,少し乾燥した后に使用すると消化吸収が容易である。第1日目は2時間毎に給与すればよい。
次に餌の給与量の標準を示す。
| 週令 | 孵化1日目 | 1週間 | 2週間 | 3週間 | 4週間 | 5週間 | 6週間 | 7週間 | 8週間 | 9週間 | 10週間 |
| 粉餌 | 5.5 | 8.5 | 10 | 12.5 | 14 | 17 | 20 | 23.5 | 26.5 | 28.5 | 29.5 |
| 粒餌 | − | − | 1 | 4 | 7 | 10 | 14 | 18 | 22 | 25 | 28 |
| 計 | 5.5 | 8.5 | 11 | 16.5 | 21 | 27 | 34 | 41.5 | 48.5 | 53.5 | 57.5 |
備考一.孵化1週間は消化力不十分である故腹8分目にし,繭後は十分に与える
二.此の給与量は標準であるから各種条件を考察し適宜変更する必要がある
飲水は餌付と同時に新鮮なものを与える。此の場合雛の体を濡らさぬ様にする事が肝要である。繭後断水せざる様に給水する事が必要であって,断水のため渇き,其の後急に給与するため過飲し,下痢を起し甚しきものは過飲のため一時卒倒するものさえ出る。
緑餌は3日目より細切したものを与え始め繭後給餌と給餌との間に大体飼料と同量づつ与える。この緑餌の給与法はカンニバリズムの予防としてその効果がある。
孵化後2ヶ月位迄は夜飼いと称し,夜半(夜12時頃)に一回粒餌を給与することにより其の発育を助ける。此の夜飼は夜間の長い冬季の育雛に特に効果がある。
(3)飼料の変更,雛の飼料は其の発育に従って配合割合並びに量を変更するのであるが,何月何日迄が第2週間以内であり,其の翌日より第3週間目に入るとの見解により前日と其の翌日との飼料の配合割合を全然変更する様な事は育雛上大禁物である。必ず変更は出来るだけ漸次に行い,決して急変せざることが必要である。
育雛舎,育雛器,並びに使用器具は其の使用の前後必ず厳重に消毒する事が必要である。恐しい白痢病,又は「コクシヂウム」症等の伝染病は消毒が不完全な為に発生する場合が多いのである。
消毒に使用する薬品はクレオリン又はクレゾール石鹸液の30−50倍液が安価で割に良い。コクシヂウム症に対しては加熱したものを用うることが必要である。
以上人工育雛について述べたが,十分とは言えず唯アウトラインに過ぎぬものである。然し育雛を実施せられる人に多少なりとも役立てば幸甚である。
要するに育雛成功の鍵は愛雛心である慈愛深い母乳に代り,それ以上の愛を以て努力して始めて有終の美を獲得する事が出来るのである。
(A・K生)