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酪農経営診断のまとめ 平成11年

今後の課題

1.経営継続の条件

 家族経営を前提とした場合,継続の条件を示せば以下の2式で示すことができよう。

 @ 所得−借入金償還額>=家族最低所要生計費

 A 家族労働力1人当たり労働報酬>=地域の他産業従事者の給与

 しかし見てきたように,酪農経営の収益は平均すると1,950千円と依然低い水準に止まっている。なかには@をクリアーできない経営もあり,Aに至っては3事例あるのみである。しかも,これらはすべてフリーストールシステムによる経営である。
 このことから軽々に推測すべきではないし,また他産業従事者の給与と単純に比較すべきか意見の分かれるところでもあるが,従来の繋ぎ飼い方式では,借入金の償還と家族最低所要生計費は賄えても,他産業従事者並の労働報酬を実現させるのは,現在の交易条件ではかなり厳しいということである。しかし,飼養頭数規模拡大やフリーストールシステムの導入には,厳しい制約があり,多くの酪農家は,産乳量の向上やコストダウンにより収益を確保せざるを得ないのが実状である。

2.フリーストールシステムの課題

 フリーストールシステムによる経営がすべて順調に経営を行っているわけではない。ではなぜこのように2極に分かれたのであろうか。ポイントは@システム導入に当たっての投資額の大小,A計画頭数規模に達するまでの運転資金の確保である。失敗しているパターンは概ね次のパターンである。

     乳牛導入の必要性の発生→資金不足→買掛未払い金の増加→負債の増加→
     償還元金・利払いの増加→資金不足→(繰り返し)

 このような事例の再発防止のためにも,システム導入前の綿密な計画の検討が必要である。

3.従来システムの課題

 飼養頭数規模拡大やフリーストールシステムの導入には,厳しい制約があり,多くの酪農家は,産乳量の向上やコストダウンにより収益を確保せざるを得ないのが実状であると述べたが,その過程でも問題は生じている。一つは乳牛更新率が高くなりつつあるという点である。その原因の一つに生乳取引における体細胞ペナルティーの導入がある。このペナルティー導入により,酪農家は体細胞数の高い牛や高い傾向にある産次数の進んだ牛の廃用を行ったため,更新率が高くなったのは事実である。しかし,それに加えて,産乳量の向上を目指すあまり,濃厚飼料の多給などが繁殖障害などの疾病の発生を招き,不受胎による淘汰が増えて,乳牛更新率が高くなっているケースもある。特に後者の場合,収益にも大きく影響を及ぼす。生乳販売収入は増加しても,それ以上に購入飼料費,診療衛生費,経産牛処分損が増加し,結果として収益が悪化するのである。この点を改善するためには,酪農家本人の飼養管理技術の向上と同時に指導者の飼養管理指導能力の向上が不可欠である。

4.コストダウンの可能性−飼料自給率の向上

 酪農経営の現状を考えると,ほとんどの酪農家は原料乳供給で収入を得ており,販売単価に経営者の能力を反映させうる部分は乳質と生産の季節配分しかない。したがって,収益を維持・向上させるためには,量の追求がリスキーならコストを下げるのが最も近道である。
 販売量を固定してコストダウンを考えた場合,2つの方法がある。一つは生産資材の調達単価を下げることであり,もう一つは自給率を上げることである。
 生産資材の調達単価については,競争原理が働く部分であり,酪農家及び関係者の努力で引き下げに努めてもらいたい。
 次に,自給率の向上である。酪農経営の自給部分でコストに大きく影響を与えるものは,飼料と労働である。労働については家族経営であり,臨時的出役以外は自給である。したがって,課題となるのは飼料の自給であるが,現状はTDNベースで9.99%と極めて低い水準にある。そこで,なぜ自給率が低いのか,その理由を検討してみる。

(1)飼料自給率はなぜ低いのか  

 飼料の自給率が低い要因の一つは,我が国の大家畜経営が家族経営であるというところによるものである。すなわち,労働は家族労働力に頼らざるを得ず,飼養頭数規模の拡大が飼養管理労働に多くの労働量を要求し,集約的に重い質の労働投下を必要とする飼料生産が敬遠されたことによるものである。
 もう一つの要因は,Tの経営環境でもふれたように,平成7年頃までは為替レート等が購入粗飼料価格引き下げ方向に働き,自給飼料生産がコスト的にあわなくなったことにもよる。その原因は,ほ場面積の狭小さと,配置の分散,そして特に転作田の場合の排水不良が原因している。このようなほ場に高額,高性能の大型機械を乗り入れて自給飼料を生産しても,仮に効率的に作業ができたとしても,それは機械の稼働時間が少ないことを意味し,投資効果が低く,減価償却費も高くなり,極めて高コストな飼料生産ということになる。
 さらに個々の酪農家が飼料生産に積極的に取り組もうとしても,土地の集積も相対交渉となり高コストになりやすい。
 要するによほどの条件が整っていないと,自己完結型で飼料生産を考えても,高コストになってしまうのである。

(2)飼料低コスト生産の条件

 そこで低コスト生産のための克服すべき課題を整理してみよう。
 生産費を下げるには,減価償却費の削減=機械に対する投資の削減が必須である。しかし機械そのものに対する投資の減額は作業の非効率化につながり,投下労働費の増加を招く。これを両立させるためには,効率機械の共同購入,共同利用しかない。同時に,資本投下に見合った土地の確保と集積が条件である。 
 もう一つの条件は,地域の気象条件にあった品種の選定と栽培体系の選択による収量の向上である。 
 本県においてこのような土地条件の地域を想定すると,一部の地域を除けば,転作田を中心に考えざるを得ず,畑地はむしろ補完的存在となる。転作田を中心にこれらのことを行おうとすれば,排水を良くするような転作田のほ場条件整備や集団的水管理,耐湿性のある作物の選定などが必要となる。
 したがって集落単位で,畜産と耕種が連携しながら機械や労働力を共有し,集団的に土地資源を活用する農業を構築していくことが最も好ましい方向であろう。
 ちなみに,米の需給緩和に伴い転作実施面積は増大しており,平成10年においては2万haを超え,21,427haの水田転作が実施されている。そのなかで,調整水田や多面的水田,保全管理等の未利用地,非生産利用地面積は4,426haになっており,転作実施面積の20.7%に相当している。土地はあるのである。

5.ふん尿処理対策

 今後の酪農経営の最大の課題は,経営内で産出される家畜のふん尿を上手に処理することができるかどうかという点であることは間違いない。診断対象経営においても,経産牛1頭当たり飼料作付延べ面積は12.3aで,TDNベースで見た飼料自給率は9.9%に過ぎない。家畜のふん尿をほ場還元により処理しようとした場合,概ね30aが必要と言われている。したがって,2事例を除き,畜産部門での自己完結は困難ということになる。ましてや飼養頭数規模拡大農家にとっては,ふん尿処理が経営の命運を握っていると言っても過言ではない。仮にふん尿処理を自己完結しようとした場合は,@ふん尿を還元できる土地があるか,Aふん尿を経営外へ持ち出すことが可能か,Bふん尿を経営外へ持出し可能な状態に処理する施設を整備する資本があるか,Cそのための労働力があるか,D処理済みのふん尿を経営外へ持ち出すことが可能か,といった諸点をクリアーしなければならない。現実には@ですでに行き詰まっており,Aの地域内に堆肥センターがなければ,BもしくはCの対応が不可能な場合は飼養頭数を減少せざるを得なくなり,経営の中止にまで発展する可能性がある。また,BCがクリアーできてもDがうまく行かなければ,生産した堆肥を敷地内に山のように積み上げることになる。したがって,A地域の堆肥センターやD堆肥の流通システム構築に対する支援とBに対する経済的支援が必要になる。
 このようにふん尿処理の問題は個別対応で問題解決を図ることは極めて困難であり,また,経営の継続の有無にも関わる根本的問題であるが,この解決のためにも,畜産と耕種が連携した集落単位の営農,飼料生産は必要な視点である。